【MICEの基礎知識21】MICEとアテンション・エコノミー「情報の奪い合い」を勝ち抜くMICEのリアルイベントの価値
現代は情報が爆発的に増加し、人々の「注意(アテンション)」そのものが最も希少な資源となるアテンション・エコノミー(注意経済)の時代です。デジタル空間では数秒単位での関心の奪い合いが激化する中、MICE産業は独自の価値を持つプラットフォームとして再注目されています。なぜなら、MICEには参加者を長時間にわたり没入させ、深い関わりを生む力があるからです。本記事では、アテンション・エコノミーの視点からMICEの現代的意義と、参加者の心を掴み続けるための戦略について解説します。

アテンション・エコノミーにおけるMICEの優位性
現代社会において、アテンション・エコノミーの本質は情報の供給過剰と注意の供給不足にあります。消費者が1日に接する広告メッセージは数千件から1万件に達すると推定されていますが、人々の集中力が続く時間は年々短くなり、わずか8秒程度とも言われています。デジタルメディアはこの短い「瞬間の注意」を競い合っていますが、MICEは数時間から数日間にわたり参加者の時間を確保できる稀有なメディアです。
デジタル広告が一方的な割り込みになりがちで回避される傾向にあるのに対し、MICEのようなリアルイベントは、参加者が自らの意思で足を運び、体験を共有する場です。MICEは単なる情報の伝達手段ではなく、希少なアテンションを集中的に獲得し維持する「高密度アテンションを生むもの」として機能する可能性を秘めています。オンラインでは代替不可能な深い没入を提供できる点こそが、現代におけるMICEの最大の競争優位性と言えるでしょう。
解説:アテンション・エコノミーとは
アテンション・エコノミー(注意経済)とは、情報の供給が過剰になった現代社会において、人々が支払うことのできる「関心(アテンション)」そのものが最も希少で価値ある資源になったとする経済概念。ノーベル経済学賞受賞者のハーバート・サイモンが「情報の豊かさは注意の貧困を生む」と提唱。情報爆発により人間が処理できる限界を超えた情報が溢れています。推計によると、現代の消費者が1日に接触する広告メッセージは6,000から1万件に達し、これは1970年代の約20倍の規模です。その反動として、人々の注意持続時間は短縮し、わずか8秒程度になったとも報告されています。
この状況下で、企業やメディアは顧客の限られた「時間と意識」を奪い合う熾烈な競争を繰り広げてることになります。デジタル空間では関心が数秒単位で断片化されがちですが、この希少なアテンションをいかに獲得し、維持し、経済的価値に転換するかがビジネスの成否を分ける鍵となっています。
タイパ重視社会で求められる高密度な体験
アテンションを獲得する上で無視できないのが、Z世代やミレニアル世代を中心に浸透している「タイパ(タイムパフォーマンス)」という価値観です。費やした時間に対してどれだけの成果や満足が得られるかを厳しく評価する現代の参加者にとって、移動や待ち時間が発生するリアルイベントは、一見するとタイパが悪いと判断されるリスクがあります。
しかし、タイパを意識する層であっても、リアルな体験や特別な時間には投資を惜しまない傾向があります。彼らが求めているのは単なる時短ではなく、無駄な時間の排除と「濃密な体験」です。したがって、これからのMICEには、わざわざ会場へ行く価値があると思わせるだけの圧倒的な体験価値の提供が不可欠です。一般的な情報は事前にデジタルで共有し、当日は対話や実機体験などリアルでしか成立しない活動に特化するといったメリハリのある設計が求められます。

経験経済から変革経済へのシフト
参加者のアテンションを維持し、記憶に残るものにするためには、提供する価値の質を変える必要があります。経済価値の変遷として「経験経済」が提唱されてきました。しかし、現在はさらにその先にある「変革経済」への移行が指摘されています。参加者がイベントを通じて単に楽しい時間を過ごすだけでなく、新たな知識や価値観を獲得し、自分自身が変化することを価値とする考え方です。
具体的には、参加者が能動的に関与できる仕掛けが有効です。例としては、会場内に体験ブースを設けたり、ゲーミフィケーション(ゲーム要素)を取り入れて楽しみながら会場を回遊させたりする手法があげられます。実際に、サッカーゲームを導入して滞在時間を延ばしたり、クイズ形式でブランド理解を深める事例も出てきています。また、歴史的建造物など特別な場所を会場にするユニークベニューの活用も、参加者の感情を揺さぶり、深い没入感を生み出す効果的な手段です。
成功指標は来場者数からアテンションの質へ
アテンション・エコノミーの観点からは、イベントの評価指標(KPI)も変わらなければなりません。これまでは来場者数や名刺交換枚数が重視されてきましたが、それだけでは参加者がどれだけ深く関心を持ったかまでは測れません。
今後は、アテンションの「質」と「量」に着目する必要があります。展示ブースでの平均滞在時間や、セッションへの参加継続時間などが重要な指標となるのではないでしょうか。最新のテクノロジーを活用すれば、顔認証技術による感情分析や、人流ヒートマップを用いた注目エリアの可視化なども可能になってきています。来場者がどれだけ足を止め、体験し、感情を動かしたかという「エンゲージメントの深さ」を計測し、次回の改善に活かすPDCAサイクルが求められます。
希少な時間を「高密度な体験」に変える
MICEとアテンション・エコノミーは表裏一体の関係にあります。人々の注意が分散しやすい現代だからこそ、まとまった時間と空間を共有できるMICEの価値は高まっています。しかし、その価値を最大化するには、漫然と人を集めるのではなく、参加者の貴重な時間を預かっているという意識を持ち、高密度な体験と変革の機会を提供することが不可欠です。
これからのMICE主催者は、物流や空間の手配を行うロジスティクス産業から、参加者の関心を設計しマネジメントする「アテンション・エンジニアリング産業」へと進化していく必要があります。デジタル技術で効率化できる部分は任せつつ、リアルでしか味わえない熱量や偶然の出会いを設計することは、アテンション・エコノミーを勝ち抜く上で大切なポイントになることでしょう。



