着任直後の新型コロナ危機、「大阪」から日本全体のMICEの存在感を高める/大阪観光局 MICE政策統括官 田中さんに聞く(2)
2025年の大阪・関西万博の開催という挑戦を控え、MICE産業に力を入れている大阪観光局。MICE政策統括官を務める田中嘉一さんに独占インタビューしました。大阪観光局に着任後に、新型コロナ後に直面。その危機をどのように乗り越えたのか、また田中さんの現在取り組まれていること、考えについてお聞きしました。
展示会分野での豊富な経験から、MICEを核にした地域活性化に情熱を燃やす
田中嘉一(たなか よしかず)さん
大阪観光局MICE政策統括官 兼 万博・IR推進統括官
東京大学在学中から約7年間にわたり、学習塾と旅行会社の経営に参画。その後、日本最大の国際見本市主催会社、リード エグジビション ジャパン(株)にて、出展勧誘営業、専門セミナーの構築・運営、社内システム、広報の責任者を務め、2010年に取締役、2013年に常務就任。管理部門を統括。 現在はMICEを核とした地域活性化に情熱を燃やす。「日本各地が互いに競争して地域の魅力を開発し、発信し続ければ、日本はもっと面白い国になる」が持論。
前編 大阪観光局と大阪・関西万博についてはこちらからお読みいただけます。
展示会場不足を解消し日本のMICE産業を前進させる
—大阪観光局でお仕事をされることになった経緯を教えてください
田中さん:MICEの「E(Event,Exhibition)」にあたる、展示会の主催事業を行うリード エグジビジョン ジャパン株式会社(現:RXジャパン株式会社)におりました。私が入ったときは従業員がわずか30人程度。転職するときには350人、売上も30億円から350億円になりました。黎明期というのでしょうか、展示会ビジネスを作り上げる貴重な経験をさせていただきました。
その際、展示会の業界団体である「日本展示会協会」で会長補佐、広報委員を務めておりました。展示会はヒト、モノ、カネ、情報を集めてくる大きな力があり、MICEの中で一番経済効果が大きいものです。関わる人数も多く、商談など取引も行われるためです。そういう意味では、天然資源がない日本が力を入れるべき大事な産業。これを日本全国で訴えていました。
ところが、日本でExhibitionは過去20~30年間、大きく発展していません。その理由は、大規模な展示会場が増えないからなんですよ。経済大国(世界GDPランキング)4位の日本が持つ最大の展示会場「東京ビッグサイト」。ちなみに世界で何番目の大きさだと思いますか。
田中さん:50番目くらいです。
(展示会場の)圧倒的に数が少なく規模も小さいので、主催者が予約しようとしてもほとんど希望通り取れません。これが日本の展示会場の実態です。特に大規模会場を増やさなければ、”E”は発展しません。この本質的原因について発信しなければならないと思ってています。
※参考
日本展示会協会 (2020年版)世界の展示会場面積ランキング 東京ビッグサイト 世界36位
UFI/jwc World Map of Exhibition Venues 2023 東京ビッグサイト 世界55位 出典
※東京ビッグサイトは2024年11月現在大規模改修工事中です。公式Webサイトによると現在の総展示面積は115,420㎡となっています。https://www.bigsight.jp/organizer/guide/inquiry/
サイズの比較
世界一広い展示会場を持つ「中国博覧会会展総合体(CHINA EXPO COMPLEX)」
日本最大の展示会場「東京ビッグサイト」、中国の展示会との大きさの違いがよくわかります
溝畑さんとの出会いで大阪観光局へ
田中さん:(展示会協会で)活動をしているときの観光庁長官が、溝畑さん(現:大阪観光局 理事長)でした。日本の展示会場が足りていないことを訴えるために会いに行きました。「日本の展示会場の広さ、世界と比べたときの順位、日本のすべての展示場を足し合わせても、ドイツのひとつの展示場よりも小さい。だから市場が拡大しない」。そういった話をデータをもとに説明し「こいつは面白いやつだ」と思ってもらえたようです。溝畑さんとはその時からの付き合いです。私が4年前に会社を辞めたときに、大阪に来ることを強く誘われました。
「大阪・関西万博はある種、世界最大のMICE。その先にはIRが開業する。あなたの力が必要」と言われて決意し、2020年4月に大阪観光局に着任しました。
新型コロナ後の苦境はチャンスである。イベント復活に隠された裏側
—現在、おもにどういったことに取り組まれていますか
田中さん:乱暴な言い方ですがわかりやすく言えば、長らくMICEというのは、欧米で生まれた手法や評価軸を、シンガポールなどアジアの先進都市が真似をして、東京、そして地方都市が真似しています。このチェーンを切らないと、日本のMICEはいつまでも、後塵を拝したものになってしまう。私はMICEの国際競争が激化する中、日本が主導権を取れるような、新しい評価軸を打ち立てることを大阪観光局に来てから、ねらっていました。
Mr.ガイドライン:日本初のイベント開催ガイドラインを発表
田中さん:私が着任した2020年4月というのは、まさに新型コロナウイルスが流行し、はじめの緊急事態宣言で安倍総理(当時)が「大型イベントの自粛」を発表して不穏な空気が流れ始めた頃でした。私は、すべてを良いように捉えるポジティブ マインド アティチュードを心がけており、「これはチャンスだ」と思うようにしたんですよ。世界中がイベントを開催できなくなっているこのタイミングで、大阪が最初に復活したら一番が取れる、目立てるだろうと、逆にやる気になりました。
大阪観光局に入る前から、着々と海外の、特にMICEが盛んなヨーロッパから情報収集をしました。そのときヨーロッパのMICE関連団体がガイドラインを作ろうとしていることを知ったのです。彼らは接触しないよう、紙の配布や、名刺交換を禁止するガイドラインをつくろうとしていたのですが、これはまずいと直感しました。このガイドラインがそのまま翻訳されて日本に持ち込まれて絶対化されてしまったら、各出展者は面倒に感じて展示会に出なくなってしまう、展示会業界が崩壊してしまうことに気が付きました。そこで4月の着任後、感染症の専門家とともに急ぎ日本独自のルールをつくり、大阪府と市の協力を得て、日本初のガイドラインを発表することができました。MICE開催を歓迎するメッセージを発信するのが、ねらいでした。
その後はマラソン大会や、コンサートのガイドラインもつくりました。
これは過去の経験が活きましたね。アーティストに呼びかけてもらったら、ファンはルールを守るのではと思い、コンサートのときに「俺たちの大事なライブを守りたい。だからルール守ってほしい。声を出したい気持ちもわかるけど拍手で気持ちを伝えてほしい」と呼びかけてもらいました。それから野外イベントも国内最速で復活できました。当時はMr.ガイドラインと呼ばれていました(笑)
主催者のためインテックス大阪の利用料を半額にする
田中さん:松井市長(当時)の英断により、インテックス大阪の使用料半額の取り組みも行うことができました。
MICEは大きな経済効果をもたらしてくれます。特にExhibitionは、行政の財政負担はなく、主催者がリスクを100%背負って開催してくれて、巨大な経済効果をもたらしている大変ありがたい事業です。新型コロナウイルス感染が心配されるなか、開催にはコストもかかるし、社会的バッシングもある。並大抵のことじゃありません。こうしたMICE主催者の負担を軽減するための施策として、インテックス大阪の使用料半額は多くの主催者の背中を押し、大阪でのMICE開催を推進することができました。
緊急事態宣言後、日本で初めてBtoB展示会を開催
田中さん:4日の緊急事態宣言中に、大阪の経済界の人たちが集まる場で「ホテル・レストラン・ショーを7月に開催させてください」と言いました。みんなびっくり仰天です。
しかし私は何も向こう見ずで言ったわけではなく、自信がありました。なぜならSARSを経験していたからです。さいわいSARSは日本には流行しませんでしたが、「間を空けて並ぶ、入口で検温する、消毒をする」という「3密」をその時につくりあげ、実施した経験がありました。
国内初、世界でも早いMICE再開となった2020年7月の「第12回 関西ホテル・レストラン・ショー」の開会式は、誰も何も喋らないシーンとした緊張感があったのを、今でも鮮明に覚えています。ホテル・レストラン関係者だけではなく、全国のMICEのプロフェッショナルたちが会場に集まりました。彼らはイベント感染症対策の実際を見たかったのです。
「体調が悪い場合は来ないでほしい」と主催者から呼びかけるようになったのも、この時が始まりでした。新型コロナウイルス流行前は一人でも多く来場してほしいため「来ないで」とは言わないのが常だったからです。こうして大阪で行われたイベントの感染症対策モデルは日本全国に広がり、やがてデパートなど商業施設にも広がりました。
大阪観光局「第12回 関西ホテル・レストラン・ショーがオープンされました!」
https://mice.osaka-info.jp/whyosaka/news/2020/200729.php
※画像はWebサイトより引用
コロナレガシー:学んだ2つのこと
田中さん:大きく2つ学ぶことがありました。
1.行政のトップの姿勢
MICEは公共性の強い事業なので、行政、自治体や国のトップが積極的に推進することが重要ということです。(行政のトップである)首長がMICEに対して熱い思いがあることが大事な事業であることを、その時感じました。大阪はかなり積極的にやってくれて、海外にもこの情報を発信しました。世界の中で見ても日本のMICEはかなり早い段階で復活しましたね。
2.日本の強み
「安心・安全・清潔・パンクチュアリティ(時間の正確さ)」。時間通りに始められるのは、MICEにとっては命です。日本人にとっては当たり前ですが、世界の中では実は当たり前じゃありません。この凄さを日本は国際的な誘致競争のときに真面目に訴えた方がいいです。
そして、日本はもともと衛生的な国というイメージがあるので(このイメージを活かすことが)、日本のMICE開催地としてのブランドになると思いました。
MICE大国・日本を目指す
田中さん:おかげで、大阪のMICEって元気になったねという評価をいただき、ありがたいです。海外からの様々なオファーも増えていますし、万博も相まって存在感を示していくことはできているのかと思います。しかし、私の目標は大阪だけの発展ではありません。現在、日本の各都市のMICE施策の支援をしていますが、今後も求められれば積極的に関わり、日本のMICEの存在感を高めていきたいと思っています。
■Editor’s note 取材を終えて
新型コロナウイルス感染拡大により、世界中のMICEは大きな打撃を受けました。どのようにして日本のイベント開催が復活したかについて詳しく知る人は少ないのではないでしょうか。田中さんは、大阪が一番を目指すチャンスと捉え、先駆けてイベントを再開。その迅速な行動は、他イベントの復活のモデルケースとなり、日本のMICEを再び動かす力となりました。
田中さんが見据えるのは、大阪のためではなく「日本のMICEの価値を世界に示す」というビジョン。視座の高さと、逆境の中で新たな道を切り拓く姿勢は、MICE業界を支える重要な柱になっています。
公益財団法人 大阪観光局について
オール大阪体制で観光集客に取り組むため、平成15(2003)年に大阪府、大阪市、大阪商工会議所を母体とする3組織を統合し「財団法人大阪観光コンベンション協会」が設立。
大阪観光局 組織概要より
その後、「大阪都市魅力創造戦略(平成24(2012)年策定)」の中で戦略的な観光振興に取り組むため、大阪府、大阪市、在阪経済団体(関西経済連合会、大阪商工会議所、関西経済同友会)のトップ会議での合意に基づき、平成25(2013)年に「公益財団法人大阪観光コンベンション協会」内に、観光事業の実施主体として「大阪観光局」を設置。
平成27(2015)年に同協会の体制・名称を再構築し「公益財団法人大阪観光局」として事業を推進(令和2(2020)年からは大阪府堺市が参画)。
平成28(2016)年に候補DMO(日本版DMO候補法人)登録、平成29(2017)年に地域連携DMO(日本版DMO法人)登録及び、令和3(2021)年に地域連携DMO(観光地域づくり法人)更新登録による地域全体の一体的なマネジメントを推進する役割を担う。
※DMOとは、「Destination Management/Marketing Organization」の略称
〒542-0081 大阪市中央区南船場4-4-21
TODA BUILDING 心斎橋(旧りそな船場ビル)5階
Webサイト:https://octb.osaka-info.jp/
参考資料
・当時の取り組みについて記載されているWebサイトがありました(Lmaga.jp)