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観光庁「MICEの経済波及効果算出報告書」MICE経済効果8,520億円、資料から見える「強いMICE」と「伸びしろのあるMICE」とは

コラム, 地域/行政

観光庁より「令和6年度 MICEの経済波及効果算出事業報告書」が公開されました。これは2023年に日本国内で開催されたMICEの経済効果を分析した、MICE業界にとって重要な調査結果です。

観光庁は平成29年度「MICEの経済波及効果算出事業」において、我が国で開催された企業会議、報奨・研修旅行、展示会・見本市等の経済波及効果等の算出を行った。本調査の目的は、上記から7年が経過し、企業会議(Meeting)、企業の報奨・研修旅行(Incentive)及び展示会・見本市等(Exhibition)の消費原単位を更新した上で最新時点のデータに基づく経済波及効果等を算出するとともに、国際会議(Convention)の数値と合算することで、2023年に国内で開催された国際MICE全体の経済波及効果を算出した。

引用:観光庁Webサイトより

前回の調査(平成29年度事業)から7年、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、最新の消費実態や経済効果を把握することを目的としています。本事業は、企業会議、報奨・研修旅行、展示会・見本市等の消費原単位を更新し、国際会議の数値を合算することで、2023年の国際MICE全体の経済波及効果を算出しています。

本記事では、この資料の内容を分かりやすく解説するとともに、専門家としての分析や示唆、そしてデータから見えてきた「強いMICE」と「伸びしろのあるMICE」の姿を探っていきます。


調査の全体像と手法:経済効果をいかに測るか

MICE開催がもたらす経済的な恩恵は多面的です。本報告書では、その影響を「経済波及効果」として捉え、具体的な数値で示しています。

経済波及効果の算出プロセス:消費額から経済効果へ

経済波及効果とは、MICE開催に伴う直接的な消費活動(直接効果)が、関連産業へも影響を広げ、最終的に「生産誘発額(経済波及効果)」、「粗付加価値誘発額」、「雇用者所得誘発額」、「誘発雇用数」、「誘発税収額」といった経済効果を生み出すプロセスです 。本調査は、海外からの参加者を含む「国際MICE」を対象とし、日本人参加者のみの催事は対象外です 。経済波及効果算出の基礎は「総消費額」、つまり各MICE類型の全主体の消費額合計です

総消費額把握のため、各主体にアンケート調査を実施し「消費原単位」(特定単位に対する標準的な消費金額)を算出 。これに催事の参加人数や開催規模を掛け合わせ総消費額を推計しています 。その際、主催者の収入(参加料等)を原資とした支出と参加者等の支出の重複を避ける「ダブルカウント」の除去や 、アンケートで把握された「購入者価格」から産業連関分析に用いる「生産者価格」への変換(商業・運輸マージン調整)が行われています 。この丁寧な処理が、分析の信頼性を高めています。

産業連関分析と効果の分類:直接効果と間接効果

算出された総消費額(生産者価格ベース)を基に、最新の「産業連関表(2024年公表の全国、2020年版)」を用いた産業連関分析で経済波及効果が推計されました 。経済波及効果は、「直接効果」(初期需要増による国内生産額)と「間接効果」に大別されます

間接効果はさらに、「間接1次波及効果」(直接効果による関連産業への生産誘発)と「間接2次波及効果」(所得増加に伴う消費拡大による再度の生産誘発)に分けられます 。これにより、MICE開催が経済全体に与える影響の大きさを多角的に把握しています。

MICE類型ごとの調査対象と手法の詳細

本報告書では、MICEの主要4類型それぞれについて、調査対象の定義とデータ収集手法が詳細に記述されています。

企業会議 (Meeting):定義と調査アプローチ

企業会議は、企業がビジネス目的で開催する多様な会合です。

  • 定義: 「参加者10名以上、4時間以上、外部施設利用、海外からの外国人参加者を含む」企業主催の会議・研修・式典等が対象です 。①企業ミーティング、②顧客セミナー、③研修・視察、④式典、⑤その他に分類されます 。
  • 調査手法: 主に旅行代理店(エージェント)へのWebアンケートで主催者消費額等を把握 。実際の参加者(日本人・外国人)へもWebアンケート等で参加者消費額を収集しました 。対象エージェントは計1,521社(JATA会員1,150社、OTOA会員105社、中連協会員企業266社) 。未回答企業の取扱額は「旅行業者取扱額」データ等で推計しています 。海外在住者への調査対象国・地域は中国、香港、台湾、シンガポール、タイ、オーストラリア、アメリカ、イギリス、フランス、スペインです 。

報奨・研修旅行 (Incentive):定義と調査アプローチ

報奨・研修旅行は、企業が従業員等のモチベーション向上や報奨として実施する旅行です。

  • 定義: 「海外発日本着の催事」で、基本的に参加者全てが外国人であることが条件です 。参加者10名以上、4時間以上、外部施設(ホテル、MICE施設、工場、観光施設等)を利用・訪問。主目的が「参加社員のモチベーション向上」「好業績の報酬」である催事を対象とし、企業会議と区別しています 。
  • 調査手法: 企業会議同様、エージェントへのアンケートで主催者消費額等を、参加者へのアンケートで参加者消費額を把握 。主催企業が全ての手配を自ら行うケースは少ないと想定されるため、「エージェント利用比率」はアンケート項目に含めていません 。調査対象エージェントは1,521社 。海外在住者への調査対象国・地域は中国、香港、台湾、タイ、マレーシア、オーストラリア、アメリカ、スペインです 。

展示会・見本市等 (Exhibition/Event):定義と調査アプローチ

展示会・見本市等は、製品やサービスの展示を通じた商談や情報交換の場です。

  • 定義: UFI(国際見本市連盟)基準(「海外来場者5%以上または海外出展者10%以上」)を満たす国際展示会が対象です 。JECC認証取得の展示会を主としつつ、基準を満たす可能性のある大規模展示会も「準国際展示会」として対象に含んでいます(本事業では33件が該当) 。
  • 調査手法: 主催者、参加者、出展者の3主体を対象 。主催者へは計83の催事主催者へ2023年開催分の消費金額についてアンケート調査 。参加者へは2024年度開催の6催事で会場対面アンケートを実施 。出展者へは国内大型展示会出展の8,929社を対象に郵送・メール等で2023年・2024年開催分の経費等を調査しました 。

国際会議 (Convention):算出の前提

国際会議は、国際的な学術発表や情報交換の場として重要です。

  • 調査手法: 新たなアンケートは実施せず、2023年度事業で把握した主催者、参加者、出展者の参加者1人当たり消費額と、JNTO国際会議統計の2023年参加者数を用いて総消費額等を算出しています 。これにより、最新の参加者動向を反映しつつ、過去データに基づいた消費構造で経済効果を推計しています。

2023年MICE経済効果から:「強いMICE」と「伸びしろのあるMICE」

2023年の国際MICEが日本経済に与えた影響を、「強いMICE」(現状で高い経済効果やポテンシャルを示す分野)と「伸びしろのあるMICE」(今後の成長や改善が期待される分野)という観点で見ていきます。

総括:経済効果8,520億円の内訳と過去比較

2023年の国際MICE全体の経済波及効果は約8,520.6億円。内訳は直接効果約4,044.5億円、間接効果約4,476.1億円です 。催事類型別では、国際会議が約3,701.5億円と最大で、次いで展示会・見本市等(約2,315.4億円)、企業会議(約1,592.2億円)、報奨・研修旅行(約911.6億円)の順でした 。また、粗付加価値誘発額は約4,673.8億円、雇用者所得誘発額は約2,406.3億円、雇用効果(就業者全体)は約82,185人、誘発税収額は約1,052.6億円と推計されています

2016年開催分対象の調査と比較すると、国際会議の経済波及効果は2016年の約6,789億円から大幅に減少しました 。これは主にコロナ禍を経た外国人参加者数の大幅減が影響しており、国際会議は「立て直しが求められる、伸びしろのあるMICE」と言えます。一方、報奨・研修旅行(2016年約569億円→2023年約911.6億円)と展示会・見本市等(2016年約1,618億円→2023年約2,315.4億円)は経済波及効果が増加し、「強いMICE」の側面を示しています 。企業会議はほぼ横ばいでした 。この背景には、各MICEタイプの特性とコロナ禍からの回復状況の違いが影響していると考えられます。


「強いMICE」:M・Iで高まる消費単価とビジネス創出効果

経済効果を維持・向上させた「強いMICE」の背景には、いくつかの要因があります。

第一に、MI(企業会議、報奨・研修旅行)における一人当たり総消費額の高さです。2023年は企業会議約84.4万円、報奨・研修旅行約83.4万円と、他類型より突出しています 。特にこれらMI分野は2017年度調査より1人当たり総消費額が大きく伸長 。有識者ヒアリングでは、MIの小規模化・ハイグレード化が示唆されており 、これが消費単価を押し上げ「強いMI」を支えていると考えられます。

第二に、外国人参加者の高い消費力です。2023年の外国人1人当たり総消費額は、企業会議約113.1万円、報奨・研修旅行約83.4万円、国際会議約112.2万円、展示会・見本市等約140.5万円と、全類型で2017年度調査より大幅増でした 。これは外貨獲得への貢献という「強み」を明確に示しています。

第三に、展示会・見本市等における強力なビジネス創出効果です。2023年の調査では、出展費用に対し約2.2倍の新規契約誘発効果(約942.3億円)が見込まれるという結果が出ており 、これは展示会・見本市が持つビジネスプラットフォームとしての「強み」を数値で裏付けています。この効果は、直接的な消費喚起に留まらないMICEの重要な価値です。

各MICEタイプにおける消費の内訳と特徴

各MICEタイプの消費構造には特徴が見られます。

企業会議では主催者支出が総消費額の大部分を占め、宿泊費や会議運営費が主です 。外国人参加者の個人消費は「土産・買物費」が最多でした 。

報奨・研修旅行も主催者消費額の割合が高く、特に宿泊費が全体の約半数を占め、質の高い滞在への支出が目立ちます 。外国人参加者の個人消費も「土産・買物費」がトップでした 。

展示会・見本市等では、参加者消費額が最も大きいものの、出展者消費額も主催者消費額を大きく上回っています 。主催者・出展者ともに会場装飾・工事費の割合が高いのが特徴です 。外国人参加者の個人消費は「宿泊費」が最多でした 。

国際会議の総消費額では、日本人参加者消費額が最も多く、次いで主催者、外国人参加者、出展者の順となっています 。


MICEの今後を占う:データが示す「伸びしろ」と戦略

今回の調査結果は、今後のMICE成長に向けた「伸びしろ」や、そのポテンシャルを最大限に引き出すための戦略についても多くの示唆を与えています。

参加者動向から見える「伸びしろ」:長期滞在・地方周遊・消費ポテンシャル

MICE参加者の行動パターンには、誘致戦略やコンテンツ開発における大きな「伸びしろ」があります。

企業会議の外国人参加者の平均合計宿泊日数は2023年調査で約8.2泊(前回から+1.5泊)、報奨・研修旅行の外国人参加者の平均合計宿泊日数は2023年調査で約8.0泊(前回から+2.8泊)であり、2017年度調査と比較して長期化しています。これは訪日ニーズの高まりを背景に、MICE参加者が個人的な観光や宿泊(PV宿泊)を楽しむ機会が増えていることを示唆し 、さらなる滞在型コンテンツの充実が消費拡大の「伸びしろ」と言えます。

また、MI参加者はより長時間の移動を許容する割合が高く 、地方への周遊意欲という「伸びしろ」を示しています。外国人MICE参加者、特にMI参加者の約4割が「もっと消費できた」と感じており 、質の高い宿泊施設や観光コンテンツ提供でさらなる消費を促せる「伸びしろ」があります。関心コンテンツは全タイプで「日本食」がトップですが 、MIでは「伝統文化体験」等、展示会では「ショッピング」への関心も高く 、ターゲットに合わせた提供が「伸びしろ」を具体化します。役職が高いほど消費額が大きい傾向もみられ 、この層へのアプローチも「伸びしろ」の一つです。

調査手法と定義の「伸びしろ」:より実態に即した把握へ

MICEの経済効果をより正確に把握するため、調査手法にも改善の「伸びしろ」があります。

有識者ヒアリングでは、MI主催者の消費項目に「システム利用料・登録料」「人件費」等の追加や、「特別手配」にかかる費用内訳の詳細化が提案されています 。また、調査協力には主催者へのメリット提示や海外旅行代理店との連携強化が有効との意見もあり 、これらは調査設計の「伸びしろ」です。

さらに、国際MICEの「定義範囲」も中長期的な検討課題です。UFI/JECC基準外の国内展示会における外国人消費をどう捉えるか 、MICE市場全体のポテンシャルを測る上での「伸びしろ」となり得ます。

地方におけるMICE誘致という最大の「伸びしろ」

日本のMICE市場の持続的成長と、その恩恵を全国に広げるには、地方におけるMICE誘致推進が不可欠であり、ここに大きな「伸びしろ」が存在します。

MIは一部で高額消費を伴う事例もあり経済効果の観点からも魅力的ですが 、開催地は東京・京都に集中しています 。地方誘致の課題は、20名以上の団体を受け入れられる質の高い宿泊施設を含む観光インフラ整備です 。金沢、高山、九州、沖縄などでは開催事例がありますが 、他地域での誘致には、海外直行便に加え、地域間連携や、その地域で開催する「合理的な理由や意義」を明確化し、開催企業やDMCにアプローチすることが「伸びしろ」を活かす鍵となります 。


まとめ:報告書が示す「強いMICE」を育て「伸びしろ」を活かすMICE戦略

今回の観光庁報告書は、2023年の日本の国際MICEの経済規模や消費実態をデータで示した価値の高いものです。高い消費単価を維持する報奨・研修旅行や企業会議といった「強いMICE」、ビジネス創出効果という「強み」を持つ展示会・見本市等の実態は、今後のMICE戦略の基盤情報となります。

一方で、国際会議の立て直しや調査手法改善といった課題、そして高まる訪日ニーズを地方MICEへどう結び付けるかという大きな「伸びしろ」も浮き彫りになったと言えます。地方のMICE受け入れ環境整備、地域独自の魅力開発と発信戦略の重要性は、MICEによる持続可能な地域創生推進の上で再認識すべき点でしょう。

観光庁「MICEに関する調査事業」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/seisaku_seido/kihonkeikaku/inbound_kaifuku/mice/corona_henka/chosa.html

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