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イベントの取材・レポート
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日本酒でつながるシンガポールと栃木。トレードミッションが生む地方創生におけるMICEの可能性

歴史、文化、自然、そして人。私たちにとって当たり前のものは、海外からはどのように映るのでしょうか。2025年11月、宇都宮を舞台に「Discover Tochigi」ツアーが開催されました。栃木の日本酒の酒蔵を巡るトレードミッションです。参加者は、何世代にもわたり磨かれてきた背景に栃木の”魂”が見えると言います。
参加者のダニエル氏(シンガポール)と、受け入れた宇都宮観光コンベンション協会(日本)が繋がるヒントを、両者の声からひも解きます。


”サステナビリティ”や”伝統産業の継承”をテーマにした、栃木県内8つの酒蔵を巡るツアー

このツアーの相談をしたのは、シンガポールの企業「AONIA」。相談を受けた宇都宮観光コンベンション協会は、栃木県酒造組合と連携し、栃木県内8つの酒蔵を巡るツアーを企画し、2025年11月21日から24日までの4日間で実施されました。 海外のパートナーと関係を築き、このような企画を実施するのは初めてのことでした。 

参画した8つの酒造

第一酒造(佐野)、渡邊佐平商店(日光)、片山酒造(日光)、西堀酒造(小山)、島崎酒造(那須烏山)、外池酒造店(益子) 、宇都宮酒蔵(宇都宮)、井上清吉商店(宇都宮市)

当初は、日本酒業界に関心を持つ投資家10〜30名の参加を想定していましたが、募集時期が遅れたこともあり、十分な人数が集まらず、今回は主催側による下見を兼ねた実施となりました。参加者は、AONIA代表のダニエル・チュア氏、ダニエル・ウォン氏、山口沙弥佳氏の3名です。”サステナビリティ”や”伝統産業の継承”をテーマに掲げ、投資家や文化的感度の高い層に向けたプログラムが設計されました。


日光・那須の水が支える酒どころ栃木

日光東照宮をはじめとした名所を有することから多くの観光客が訪れる栃木県。ビールの原料となる二条大麦の生産量が全国トップクラスなんです。

日光・那須連山に囲まれた盆地には、鬼怒川・那珂川・渡良瀬川など多くの河川が流れ、山々を源流とする良質な水が豊富。栃木の大地で濾過されたこの水は、ミネラル豊富で酒造りに理想的です。酒造好適米の「夢さらら」は13年の歳月をかけて開発。水、米、気候を活かした、30近くの酒蔵が醸しています。

何世代にもわたり磨かれてきた栃木の”魂”から分かる9つのこと

酒蔵見学は、栃木が持つ”魂”を明らかにするものでした。 県内各地で、5代目・6代目となる酒蔵当主たちと出会いました。彼らは何世紀にもわたり、静かにその技を磨き続けてきたのです。どの蔵元も、贅沢とは”享楽”ではなく、”誠実さ”によって形づくられるものだということを教えてくれました。

1. 義務感ではなく自分で選んだ道から生まれるリーダーシップ

多くの蔵元は、はじめから当然のように家業を継いだわけではありません。一度は別の道を歩み、その経験を経て”安定”よりも”継承”を選び、戻ってきています。学校に通うことだけでなく、父や祖父の背中を見て、息をするように伝統を吸収してきたのです。彼らの学びは、幼い頃から始まっていました。それは義務感ではなく、自ら選び取った献身から生まれるリーダーシップでした。

2. 栃木ならではの酒米。1本の酒には“見えていない贅沢”がある

日本酒はお米から作られます。しかし、すべてのお米が同じではありません。栃木の酒蔵では、澄んだ空気、清らかな水、ミネラル豊富な土壌で育まれた個性豊かな地元米が使われています。栃木の酒を味わうことは、その風土そのものを味わうことにほかなりません。 

・夢ささら
栃木生まれの品種。13年の歳月をかけて開発した酒造好適米。上品さと透明感があり、大吟醸の礎となる存在

・あさひの夢
なめらかで、洗練された酒質になる。現代的で親しみやすいに

・やすずめ/やすすめ
バランスとキレをかね備え、土地の個性を映し出す

・栃木産 五百万石・山田錦 
名高い品種が、土地と気候によって新たな表情を見せる

3. 蓄積された知恵から生まれるイノベーション 

酒造りは、一瞬のひらめきから生まれるものではありません。発酵のわずかな調整、精米の技術、酵母の改良——。何十年にもわたる試行錯誤の積み重ねです。
同時に、蔵元の方達は理解しています。世界に羽ばたくためには、酒に込めた物語を丁寧に伝えながら、 その本質を守ってくれる新たな視点やパートナーの存在が欠かせないということを。 

4. ”もったいない”の美学

日本の精神”もったいない”は、栃木でも息づいています。

酒粕は、
・グルメ向けビスケットや菓子
・日本酒入りアイスクリーム
・化粧品・スキンケア
・料理用マリネや味噌の新商品 
へと姿を変え、循環型経済が、ひとつの”美学”へと昇華されています。 

5. 酒蔵はテイスティングルームであり、ミュージアムであり、工房でもある

いくつかの酒蔵では、敷地そのものが文化空間へと進化していました。テイスティングルームであり、ミュージアムであり、工房でもあります。
訪れる人は、
・心を惹きつける試飲スペース
・美しく手仕事で作られた酒器
・家系と技の物語
・静かに思索を促す空間 に出会います。
控えめで、親密で、洗練された、日本のホスピタリティそのものです。

6. 水を守ることは、技を守ること 

ほぼすべての酒蔵が、何世代にも渡り守られてきた深井戸の水を使っています。 この水の純度が、香りや余韻のすべてを決定づけます。 環境保全は施策でなく、宿命です。水を守ることは技を守ることなのです。

7. 量よりも個性を追求

栃木の酒蔵は、規模の拡大を目的としません。追い求めるのは”個性”です。繊細なもの、構造的なもの、芳醇なもの。それぞれが異なる表情を持っています。課題は生産量ではなく、その価値を本当に理解してくれる日本酒愛飲家と出会えるかどうかにあります。 

8. 競争と共生がある地域性

ある酒蔵が語ってくれたエピソード。突然の米不足に見舞われた際、別の酒蔵が米を貸して生産を支えたというのです。 季節に左右され、手作業が多く、体力も求められる酒造りの世界では、互いに支え合う姿勢が欠かせません。 競争がありながらも、共生しようする思いやりがあるのです。日本らしい価値観を象徴するものだと思いました。 

9. 「ザ・リッツ・カールトン日光」や「金谷ホテル」との関係は信頼の証

人手不足や事業承継といった課題を抱えながらも、栃木の酒蔵は揺るぎません。その証拠が取引先に表れています。「ザ・リッツ・カールトン日光」や、歴史ある「金谷ホテル」など、日本を代表する宿泊施設に酒を納める蔵もあります。こうした関係は、積み重ねによって築かれた信頼の証です。

ダニエル氏が得た2つの気づき

ダニエル氏の英語のレポートを引用・翻訳して読みやすくしています。

ツアーを通じて2つの気づきがあったといいます。

1. 信頼は、直接会うことでしか築けない

日本では現地に足を運び、相手に向き合う姿勢や謙虚さ、誠実さそのものが評価されます。メールやオンラインのやり取りだけでは決して開かない扉も、顔を合わせ言葉を交わすことで初めて開かれます。

2. 継続の産物である

ビジネスや地域の強みは、一朝一夕で生まれるものではありません。一世代でも途切れてしまっていたら、次の世代には繋がらなかったでしょう。

シンガポールの企業「AONIA」のこれから

県幹部との意見交換を通じて、サステナビリティ・エコシステムの成長や、洗練された伝統産業、グローバルな展望に至るまで、進化を続ける栃木の現在地を感じ取れました。

 循環型経済の視点から、栃木の伝統産業を支援することを主なテーマとしていましたが、 栃木県庁の方からも、航空宇宙、半導体、製薬、バイオメディカルといった分野の産業育成を目指していることが共有されました。 シンガポールと栃木の大学間で教育の交流ができるという点でも、双方の認識が一致しました。

今回のツアーはAONIAが大切にしてきた”目的ある関与””異文化理解””真のパートナーシップ”の力を、あらためて確信させるものでした。今後もシンガポールと日本、そして世界各国を結ぶ“橋”を築き続けていきます。 職人を支え、持続可能なビジネスの可能性を高め、ともに繁栄する未来を目指して。


宇都宮観光コンベンション協会の駒場様、吉野様に伺いました

「市長と話せたこと」が心をつかんだ

今回のツアーで、参加者が喜んでいたのが、訪問前に市長と会えたことでした。ツアー開始前には、宇都宮市役所・市長室にて表敬訪問の機会が設けられ、宇都宮市長の佐藤栄一氏が、忙しい合間を縫って対応されました。 ”市のトップと直接言葉を交わす”体験は非常に印象深いものだったようです。 実は、2024年のFAMツアーでも市長と会う機会があり、ダニエル氏はその体験を高く評価していました。 「今回もぜひ市長と会える機会を設けたい」そうしたリクエストを受け、ツアーの冒頭に市長挨拶の時間が組み込まれました。 

ダニエル氏は次のように言います。
「最も印象的だったのは、再訪で実現した出来事。宇都宮市の佐藤栄一市長との二度目の面会です。市長はチームを温かく迎えてくださいました。そのおもてなしから、日本ならではの関係づくりの在り方が伝わってきました。信頼とは、取引の結果として生まれるものではありません。育み、手入れし、何度も更新していくものです。栃木の玄関口・宇都宮とシンガポールの間に、敬意をもって同じ志をもつ関係が、確かに深まりつつあることを示す出来事でした」

海外視察=M&A? 調整の裏側にあった課題

一方で、各酒造との調整には難しさもあったといいます。 

「『海外からの視察=M&A(買収)の話ではないか?』という警戒心がありました。何しろ初めてのこと。しかし、ダニエル氏が重視していたのは、現場を知り、対話を重ねながらビジネスマッチングの可能性を探ること、SDGsや新しい取り組みについて知ることでした。その意図を関係者に丁寧に理解してもらえると、受け入れのハードルが下がりました」

宇都宮観光コンベンション協会のこれから

「栃木県内7つの酒蔵と連携し、海外ゲストを受け入れる準備は整いました。今回は下見という側面が強かったですが、次回は本来のターゲットであった投資家を招聘することを目指していきたいですね。
一過性のイベントで終わらせるのではなく、企業のインセンティブツアーのメニューとして商品化したいと考えています。「チームビルディング」や「日本文化体験」を求める海外企業に向けて、宇都宮ならではの「酒蔵ツーリズム」をパッケージ化し、提案していく方針です。 

あわせて、シンガポールへの日本酒の輸出拡大や、循環型経済(サーキュラーエコノミー)の視点での共同事業など、具体的なビジネスマッチングの実現も視野に入れています。今回の視察中にも、具体的な輸出や販路開拓に関する話がチラッと出ていました」


開催の経緯:Japan MICE EXPO 2024で宇都宮にバイヤーとして訪れる

「Discover Tochigi」が実現したきっかけは、2024年に大阪で開催された「Japan MICE EXPO 2024」に遡ります。展示会開催の一企画として開催された宇都宮のFAMツアーに、海外有力バイヤーとしてAONIAのCEO、ダニエル・チュア氏が訪れたことが始まりでした。

AONIAはシンガポールを拠点とする企業です。CEOのダニエル・チュア氏は、MICE業界やビジネス分野で広く知られる存在。市場開拓戦略、ストーリーテリング、ステークホルダーのエンゲージメントに関する独自の理解と応用を通じて、クライアントとパートナー企業の成長と発展を支援してきました。

ダニエル氏は、シンガポールで近年日本酒の人気が高まっていることを背景に「シンガポールの投資家に対して、栃木の酒蔵を巡るツアーを実施したい」という意向を宇都宮観光コンベンション協会に伝えました。シンガポールでは日本酒が人気で、イベントが開催が増えているとのこと。日本とシンガポール双方にとって新たなビジネスチャンスにつながると考えていたのです。


Editor’s note:ゴールではなくスタートライン

今回行われた取り組みは、「トレードミッション」の前段階にあたるものですが、これもまたMICEです。
日本を、そして地域をどう知ってもらうのか。そのためにはまず、自分たちの地域のどこに魅力があるのかを理解する必要があります。現地を訪れて、外からどう見えるのかを確かめることは、地方にとって欠かせない取り組みだと考えます。同じような取り組みは、他の地域でもできると思います。 この記事が、 そのスタートラインとなれば幸いです。

※トレードミッション(貿易使節団)
政府機関や業界団体、民間企業などが組織し、海外の特定の国や地域を訪問する視察団のことを指します。 一般的な観光旅行とは異なり、現地企業や行政機関との商談、市場調査、ネットワーク構築などを主な目的としています。

情報提供:
AONIA : for Progress, Planet & People 
CEO ダニエル氏(Daniel Chua)
Webサイト :https://aonia-group.com/

協力:一般社団法人 宇都宮観光コンベンション協会
Webサイト:https://utsunomiya-convention.jp/

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