【取材】「スポーツや万博がないなら、MICEで勝負する」AHICE ジェームズ・ウィルキンソン グループプレジデントが語る、メガイベント後の日本とMICEの可能性
2026年9月2日〜3日、東京でホテル業界の国際カンファレンス「AHICE Far East Asia 2026」が開催されました。日本で3回目となる今回は、国内外から約50名の登壇者と約350名の参加者が集結しました。9月3日のメインカンファレンスでは、投資、開発、ホテル運営、ブランド戦略、テクノロジー、デザイン、サステナビリティなど、幅広いテーマについて議論が交わされました。その会場で、AHICE Global Conferencesのグループプレジデント、ジェームズ・グレゴリー・ウィルキンソン氏と今後のMICEについて話をうかがいました。
※MICE TIMES ONLINEは「AHICE Far East Asia 2026」のメディアパートナーとして情報発信を支援しています。

メガイベントの「その先」をどう描くか――日豪から考えるMICEの未来
聞き手を務めるLe Coeur Inc.の杉﨑宏氏は、長年にわたりフランス料理人として欧州に身を置き、ベルリンの壁崩壊後の欧州再編やアパルトヘイト廃止に向けた動き、EU発足など、世界が大きく変化する時代を現地で経験してきました。ガストロノミーを軸に経済・社会的価値の向上に取り組み、2000年からは日本と海外の2拠点で活動しています。
2008年の事故による長期のリハビリを経て2016年に社会復帰。2017年には東京パラリンピック有識者会議への参画を契機に、日本と世界の間にある情報やインテリジェンスの隔たりに問題意識を持つようになりました。その後、グローバルな場を通じて若い世代を育成する「夢実現プロジェクト」を立ち上げ、国内外150名を超えるユース世代の挑戦を支援しています。
これまで、2019年ラグビーワールドカップ、TICAD7、G20大阪サミット、GPAI、COP26、UNWTOガストロノミーツーリズムサミットなどに関わり、2025年大阪・関西万博や「ムーンショット型研究開発事業(目標5)」では、食の監修や宇宙食(Space Meal)の開拓にも取り組んできました。外交、MICE、ガストロノミー、地域創生、人材育成を横断しながら、産官民学・国際機関との連携を続けています。
杉﨑氏が現在注目しているのが、メガイベントの「その先」です。日本では2019年ラグビーワールドカップ、東京2020オリンピック・パラリンピック、2025年大阪・関西万博と大型国際イベントが続き、2027年にはGREEN×EXPO 2027が開催されます。一方、その後を見据えたとき、世界との継続的な接点をどのようにつくり、次世代に引き継いでいくのかという課題があります。
その重要な選択肢の一つとしてMICEを捉えています。国際会議、インセンティブ旅行、展示会などを通じて、世界の知性やビジネス、人材と日本をつなぎ、さらに大学生や次世代が世界の現場に触れる機会をつくる。その仕組みをどう構築するのか。
2026年は「日豪友好協力基本条約」締結50周年でもあります。今回、AHICE Global Conferences グループプレジデントであるジェームズ・ウィルキンソン氏を迎え、「AHICE Far East Asia 2026」で意見交換を行いました。
メガイベント後の戦略、日本とオーストラリアのMICE、ホスピタリティ、地域資源、そして次世代人材まで。二人の視点から、これからのMICEについて考えます。

MICEは「知の循環インフラ」である
杉﨑氏:これまでメディアやホスピタリティの世界で長く活動してこられたジェームズさんは、MICEの重要性をどのように捉えていますか。
ジェームズ氏:MICEは単なる「イベントの集まり」や「レジャー観光の延長」ではありません。国家の知覚・イノベーション・経済取引を加速させる「知の循環インフラ」です。スポーツなどのメガイベントは一過性の熱狂を生みますが、MICE、特に国際会議や学会には、世界中から意思決定者、投資家、トップ研究者が集まります。
彼らは地域に高付加価値な経済効果をもたらすだけでなく、開催国の企業や若者と出会い、新しい産業やイノベーションを共創します。メガイベントが存在しない時期においても、MICEは国家の国際的な露出や認知を維持する重要なエンジンになり得ます。
オーストラリアでも、メガイベント後を見据える
杉﨑氏:オーストラリアから見たMICEの現状と課題、今後の展望をどのように捉えていますか。
ジェームズ氏:オーストラリアにとっても、メガイベント終了後にどのような戦略へ移行するかは重要なテーマです。ラグビーワールドカップや2032年ブリスベンオリンピック・パラリンピックといった機会がありますが、その先には国際コンベンションや学会の誘致、ビッドへの取り組みがより重要になっていくと考えています。
現在、オーストラリアから日本への観光需要は非常に強くなっています。一方、オーストラリアから日本へのアウトバウンドMICEについては、まだ開拓余地があります。航空運賃などの課題はありますが、マーケティングの仕方によって、両国間のビジネスやMICEの交流をさらに広げられる可能性があります。

AHICEが日本に期待すること
杉﨑氏:AHICEは日本でも開催を重ねています。日本市場にはどのような期待がありますか。
ジェームズ氏:日本では外資系ラグジュアリーホテルの開業が相次ぎ、国際的なイベントや会議を受け入れるための環境が整ってきています。次に必要になるのは、「イベントが自然に集まるのを待つ」のではなく、国家、都市、民間が連携して国際コンベンションを積極的に誘致していくことだと考えています。ハードが整ってきたからこそ、今後は誘致戦略や予算を含むソフト面が重要になります。

ホスピタリティ産業は若者にとって「グローバル・パスポート」になる
MICEやホスピタリティ産業で働く次世代についても話が及びました。
杉﨑氏:日本の若者が海外へ行くだけではなく、世界で成果を残していくためには、どのような考え方が必要でしょうか。
ジェームズ氏:日本の外資系ラグジュアリーホテルを訪れて感じるのは、若い日本人スタッフが主力として活躍するようになっていることです。
ホスピタリティ産業は、日本にいながらグローバルな基準を学ぶことができます。そして将来的には、同じホテルグループを通じて海外へキャリアを広げることもできます。若者にとって、いわば「グローバル・パスポート」のような産業になり得ると思います。
杉﨑氏:まさにそこが本質だと考えています。私自身、フランスで30年以上キャリアを積む中で感じたのは、日本の若者の意欲自体は決して低くないということです。
一方で、海外で具体的にどう戦い、どう結果を出すのかという実践的な情報に触れる機会には、まだ差があります。単に海外へ行くことを目的にするのではなく、世界で成果を残すために何が必要なのか。その具体的な道筋を若い世代に伝えていくことが重要だと考えています。
日本の「おもてなし」と地域資源
杉﨑氏:日豪関係を考えたとき、オーストラリアが日本から学べることは何でしょうか。
ジェームズ氏:日本の「おもてなし」の精神、細部へのこだわり、安全で質の高いサービスインフラは、オーストラリアのホスピタリティ産業にとっても学ぶべきものがあります。
特に日本は、地域独自の食文化や伝統芸術といったローカルアセットを、洗練されたコンテンツへと高める力を持っています。オーストラリアには多文化社会や広大な自然という強みがあります。一方で、ディテールへのこだわりや、歴史や文化の文脈をどのように体験に生かすかという点では、日本から学べることがあります。
「数」から「質」へ。MICEが果たす役割
杉﨑氏:日豪ともに、より質が高く持続可能なインバウンドを引きつけていくためには、どのような視点が必要でしょうか。
ジェームズ氏:重要なのは「数」から「質」への転換です。数だけを追い求める観光は、地域社会への負担につながる可能性があります。滞在期間が長く、地域経済に貢献し、地域の文化や環境を尊重する旅行者を呼び込むことが重要です。その中でMICEは大きな役割を担えます。MICEで訪れる人々は、開催地でビジネスや交流を行い、その後の投資や再訪など、新しい関係につながる可能性もあります。
メガイベントを「開催して終わり」にしない
杉﨑氏:ラグビーワールドカップや2032年ブリスベン大会など、世界的なイベントを通じてオーストラリアは何を目指すべきでしょうか。
ジェームズ氏:重要なのは、イベントの成功だけで終わらせず、その後に残るヘリテージをつくることです。都市インフラやサステナビリティへの取り組みを進め、一時的なイベントを長期的な産業の変化につなげていく。そして、国際的なコンベンションや知の集積地としての都市の位置づけを高めていくことが重要です。
「スポーツや万博がないなら、MICEで勝負する」
対談の終盤、今後の日本について尋ねると、ジェームズ氏は明確な言葉でMICEへの期待を示しました。
杉﨑氏:大型イベントが続いた後、日本はどのような意識を持つべきでしょうか。
ジェームズ氏:最も避けなければならないのは、メガイベントだけに頼り、それがなくなった途端に発信や誘致を止めてしまうことです。スポーツや万博がないなら、MICEで勝負する。そうした意識への転換が必要だと思います。
日本とオーストラリア、アジア太平洋をつなぐ
最後に、ジェームズ氏自身の今後について聞きました。
ジェームズ氏:私の使命は、メディアの「Wayfarer」、出版の「HM Magazine」、そしてAHICEという国際カンファレンスのプラットフォームを通じて、世界中のホスピタリティ・トラベル業界をつなぎ、次世代のリーダーを育成することです。特に日本とオーストラリア、そしてアジア太平洋地域を結ぶ架け橋として、若い世代がグローバルな舞台へ出ていくための機会とインスピレーションを提供し続けたいと思っています。

対談を終えて――メガイベントの「その先」へ
ジェームズ氏との対談は限られた時間ではありましたが、彼の言葉から改めて感じたのは、メガイベントの有無だけで日本の未来を考える必要はない、ということでした。
「If it’s not going to be sport, then it’s got to be MICE」
スポーツや万博がないなら、MICEで勝負する。非常にシンプルな言葉ですが、その意味は大きいと感じます。
私自身、1992年に19歳でフランスへ渡り、その後30年以上にわたり欧州を中心に仕事をしてきました。ベルリンの壁崩壊後の欧州再編やEU発足など、大きく世界が変化していく時代を現地で経験する中で強く感じたのは、日本にいるだけでは得ることのできない情報や、世界の動きを肌で感じる機会の重要性でした。
同時に、日本人が持つ技術、文化、仕事への姿勢、そして潜在能力が、世界のプラットフォームで必ずしも十分に知られていないことにも気づかされました。
これは現在のMICEにも通じます。日本はラグビーワールドカップ、東京2020オリンピック・パラリンピック、大阪・関西万博など、世界から多くの人々を迎える機会を重ねてきました。大型イベントは、世界に日本を知ってもらう大きな入口になります。
しかし、本当に重要なのは、その後に何を残すのかということです。ジェームズ氏が語った「ヘリテージ(遺産)」とは、施設やインフラだけではありません。イベントを通じて生まれた人とのつながり、国際的なネットワーク、開催運営の経験、都市の認知、そこで育った人材もまた、次の時代につなぐことのできる財産です。
オーストラリアも、ラグビーワールドカップや2032年ブリスベン大会を控える中で、イベントを一過性の成功で終わらせず、その先の国際コンベンションや産業、都市づくりへ結びつけようとしています。これは日本にとっても示唆の多い視点です。
そして、私が長く携わってきたガストロノミーも、MICEと切り離して考えることはできません。日本には、全国各地に郷土料理、農水産物、伝統文化、ものづくりなど、その土地でしか体験できない資源があります。海外へ行けば、日本では日常の中にある「おもてなし」や食文化、細部まで手を抜かない仕事そのものが、高く評価される場面に何度も出会います。
ジェームズ氏も、日本の「おもてなし」、サービスの質、地域独自の食文化や伝統芸術を、日本が持つ強みとして挙げていました。
国際会議や展示会に参加するため日本を訪れた人が、その土地の食を味わい、文化に触れ、人と出会います。その経験が次の訪問やビジネス、交流につながる可能性があります。
だからこそ、MICEを会議場の中だけで完結させてはいけないと考えています。食、観光、地域産業、教育、国際交流をつなぐことで、その土地ならではのMICEになっていくのではないでしょうか。
もう一つ、私がこの対談で強く感じたのが、次世代への視点です。
私自身、海外で仕事をする中で、日本の若者の能力や意欲が低いと感じたことはありません。むしろ課題は、世界でどのような仕事が行われ、どのような人が活躍し、どのように成果を生み出しているのかを知る機会が、まだ十分ではないことにあると考えています。
ジェームズ氏が、ホスピタリティ産業を若者にとっての「グローバル・パスポート」と表現したことも印象的でした。日本にいながら世界基準の仕事に触れ、その経験を持って海外へ飛び出すことができます。MICEも同様に、世界の企業、研究者、経営者などが集まる現場を、若い世代に見せることができます。
MICEは、人を呼ぶためだけのものではありません。
世界の知識や人材を日本につなぎ、日本の地域、産業、文化、そして若い世代を世界につなぐためのプラットフォームにもなり得ます。だからこそ、メガイベントが一段落した後を単純な「空白」と考えるのではなく、これまでに蓄積してきたものを、次の国際交流へどうつないでいくのかを考える必要があります。
ジェームズ氏の言う、「If it’s not going to be sport, then it’s got to be MICE」という言葉は、その一つの方向を端的に示しています。日本にすでにあるものを世界の中でどう生かすのか。そして次の世代が、世界の舞台で自らの力を試す機会をどうつくっていくのか。今回の日豪の対話を、その「次」を考える出発点にしたいと思います。

ジェームズ・ウィルキンソン氏について
AHICE Far East Asiaでは、基調インタビューやエグゼクティブ・ディスカッションの進行を務めたジェームズ・ウィルキンソン氏は、AHICE Global Conferencesのグループプレジデントであり、「HM」および「Wayfarer」誌の編集長でもあります。旅行業界の専門家として25年間にわたり執筆・解説を続け、HMでは20年間にわたり編集長を務めています。テレビ・ラジオへの出演も多く、Sky News Businessの「Business Class」には150回以上出演し、そのうち80回はアンカー/ホストを担当しました。
2008年にはAustralian Society of Travel Writers(ASTW)の「Travel Writer of the Year – Trade/Industry」を受賞。AHICE、HM、Wayfarerというカンファレンスとメディア双方のプラットフォームを通じ、ホテル、投資、観光、航空、デスティネーションなど幅広い領域で情報発信を続けています。

「AHICE Far East Asia 2026」(エーハイス・ファー・イースト・アジア)とは
