【取材】MICEの成否を分けるのは“コンテンツ”と“人の魅力”──香川の4つの事例に学ぶ、地域と向き合うMICEのつくり方
四国の玄関口・高松に大型イベントを開催できる「あなぶきアリーナ」が完成し、香川県ではMICEの誘致に向けた取り組みが加速しています。なかでも近年注目を集めているのが「インセンティブトラベル」を意識した、体験型コンテンツづくりです。
MICEの価値は、斬新なコンテンツを用意することだけで決まるものではありません。香川で実践された国際会議に伴うエクスカーションとレセプションでは、完成度の高いプログラムに「人の関わり方」が重なることで、参加者の記憶に深く残る体験を生み出していました。香川の4つの事例を手がかりに、「コンテンツ×人の魅力」が掛け合わさることで生まれるMICEの可能性と、地域と向き合うイベントづくりの本質を紐解きたいとおもいます。
※2025年11月取材

参加者の心を動かした香川のMICE体験
香川の事例が示したのは、“地域資源”はそれを語る“地域の人”であるということ
今回のエクスカーションでは、香川県が希少糖発祥の地であること、江戸時代から続く和三盆の生産地であること、瀬戸内国際芸術祭の会場の一つでもあることなど、地域の特色を色濃く打ち出していました。こうした地域資源自体は、視点を変えれば他の多くの地域にも存在します。
香川の事例で印象的だったのは、それらの地域資源が単なる「情報」として紹介されるのではなく地域の人によって「背景」や「意味」を伴って語られていた点です。職人、研究者、ガイド、ボランティア、それぞれの立場から語られる背景や文脈を共有することで、参加者は土地のストーリーをより深く理解することができます。

【事例1】「研究テーマ×土地の物語」で魅せた体験プログラム
老舗ばいこう堂で和三盆文化を学ぶ手作り体験ー体験が知識を記憶に変える
東かがわ市・引田にある老舗和三盆メーカー「ばいこう堂」では、香川における砂糖作りの歴史や、江戸時代から受け継がれる伝統製法、そして現代の製造工程について、映像と工場長による解説を通じて学ぶプログラムが用意されていました。
参加者が国際希少糖学会の研究者であったということもあり、生産量や和三盆の定義など専門性の高い質問が次々に投げかけられていました。地域文化の紹介が研究テーマと自然につながる内容であったことが、参加者の関心をひきつけたと言えるでしょう。

工場見学の後には、和三盆(ばいこう堂では和三宝という)づくりの体験へ
色とりどりの砂糖を木型に詰め、ひっくり返して可愛い形に生成していく工程では、参加者の表情も一気に和らぎ、完成したばかりの砂糖をお互いに見せ合い、味見しあう姿が見られました。
事前にサトウキビの収穫風景や、江戸時代と同じ木と石の錘を使った伝統的な精製方法がどれほどの時間と手間を要するのかを学んでいたからこそ、「今自分が触れている砂糖の価値」を実感できます。

見るだけでなく、触れ、つくり、味わうー五感を使った体験は文化を理解するだけでなく、記憶に深く残るコンテンツとなりました。
施設名:ばいこう堂
所在地:香川県東かがわ市吉田267
営業時間:8:00-17:00
公式サイト:https://www.baikodo.com/
移動時間を学びに変える、バス内プログラム
出発地であった高松から、エクスカーションの舞台である引田エリアまでは、高速道路をつかってバスで50分。やや長めの移動時間でしたが、その時間にも工夫がありました。
バスの中ではガイド兼通訳を務める今泉さんが
・当日の流れ
・香川県と希少糖の関係
香川大学の先生から
・香川県の希少糖について詳しい説明
と丁寧な解説をしていきます。
さらに、実物のサトウキビを持ち込み、バスという限られた空間の中でも、視覚的に理解を深める工夫がありました。
移動時間さえも“エクスカーションの一部”として設計されているのは重要なポイントです。
体験の導入として活用されていたので、現地到着時にはすでに参加者の関心と理解が高まり、プログラムへと自然に繋がっていく構成です。

【事例2】瀬戸芸作品を“展示”で終わらせないボランティアという存在
アート作品と地域産業のコラボレーション、それを語る地域の人
2025年の瀬戸内国際芸術祭では、島嶼部以外の地域の参加が広がり、初めて東かがわ市の市内各所で作品が制作・公開されました。
なかでも引田エリアの瀬戸芸作品は、他の会場に比べて「地域産業との結びつきが強い」点が大きな特徴です。

象徴的なのが東かがわ手袋ギャラリーを舞台にしたアート作品「みんなの手 月まで届く手袋を編もう!」
全国シェア日本一を誇る東かがわ市の手袋産業は、明治時代より130年の歴史を持ちます。かつて手袋工場として使われていた蔵を改装したギャラリーは、瀬戸芸期間手袋をモチーフにした展示空間になりました。

巨大な手袋の前で記念撮影する参加者たち。
土地の産業や文脈がアートによって伝えらえる、そんな光景でした。
作品解説をしてくださったのは、ボランティアスタッフのトモさん。この日のために、英語での解説資料を自ら作成し、準備してくださっていました。

さらに別のボランティアスタッフからは、
・手袋の下に置く玉の大きさが大きすぎて、アーティストの奥様と一緒にみんなで再度編み直したこと
・展示直前まで空調のない蔵の中、汗をかきながらみんなで作品制作をしたこと
など、制作の裏側や、アーティストと地域住民とのやりとりを、具体的なエピソードを交えて語ってくれました。これにより「作品を見る」体験が、「作品を取り巻く人の物語を知る」体験へと変化します。

引田エリアには他にも、元酒蔵の空間を活かし、日本酒と醤油の発酵文化をモチーフに、光とインスタレーションで表現した作品がありました。この土地の産業と歴史を知れば知るほど、理解が深まる構成です。
また、手袋ギャラリーではその場で作品の購入やオーダーができる仕組みも整えられており、アート体験が地域経済へとつながる導線がつくられていました。

イベントを“一過性”では終わらせない、引田に根づく受け入れの土壌
ここで、東かがわ市総務課 地域創生課の白井さんにお話をきくことができました。
ー「瀬戸芸の引田の展示は、行政主導で企画されたのでしょうか?」
白井さん「行政から具体的なアイデアを出したというより、現地での視察や打ち合わせを重ねる中で、“地域の産業や文化とつながるアートにしよう”という構想が生まれていったようでした。東かがわ市市長も瀬戸芸参加に強い思いがあり、今回の参加が決まりました」
ー「瀬戸芸開催期間中も案内所で保冷シートやうちわを配っていたり、そして本日のようなイベントでも、地元の方のボランティア参加の姿や、解説などでの関わり方におもてなしの心を感じました。地元の方が積極的に参加、観光客を受け入れする姿が印象的だったのですが、こうした協力はどのようにして生まれたのでしょうか」
白井さん「引田では2003年から春に『引田ひな祭り』として豪華な雛人形の展示を行っており、約20年かけて観光客を迎え入れる体制が根付いてきました。その延長線上に瀬戸芸や今回のようなイベントがあり、“もてなしたい”というきもちが広がっていったのだとおもいます」
地域行事の積み重ねが、外から人を迎える意識を育ててきたというお話を聞くことができました。
・外から人が来ることの楽しさ
・自分たちのまちを語る誇り
が少しずつ育まれ、その結果として瀬戸芸という大きな舞台を“地域のチャンス”として受け止め、活かす力につながることになる。
MICEや大型イベントの成功の裏側には、こうした地道で継続的な地域づくりがイベントの価値を高める土台になるー引田での事例は、そのことを改めて示してくれました。

【事例3】やしまーるでのレセプションが象徴したもの
ディナー会場となったのは、高松市の屋島山上交流拠点施設「やしまーる」。
2022年8月にオープンしたこの施設は、瀬戸内海の多島美や高松市街を一望できるロケーションを活かし、展望・アート・イベントを融合した新たなランドマークとして注目を集めています。周辺には、源平合戦が行われた史跡や四国八十八ヶ所霊場のひとつでもある屋島寺、展望を楽しめるカフェなどもあり、「歴史・自然・文化」が凝縮された場所です。
今回はそのやしまーるをレセプション会場とし、高松市の夜景を背景に、ディナーとクラシックミニコンサートが開催されました。

「食」も地域を語るコンテンツ。特別なロケーションで味わう四国の恵み
四国の食材をふんだんに使ったイタリアンコースは、料理そのものが地域を知るためのコンテンツです。
・前菜:瀬戸内海産アオリイカ、アンチョビ
・メイン:阿波牛イチボのロースト、阿波牛頬肉のワイン煮込み
・デザート:香川産和三盆糖と香川のフロマージュブラン
・ドリンク:金陵、さぬきワイナリー
海・山・畜産・発酵文化まで、「食」を通じて瀬戸内・四国という広域の魅力を一度に体験できる構成でした。

美しい景色、音楽、食。それぞれがやしまーるという「場」によって一体となり、地域そのものが持つ価値を丁寧に編み直すことで、会場全体が「地域を物語る装置」として機能していました。

施設名:やしまーる
所在地:香川県高松市屋島東町1784-6
営業時間:9:00-17:00
公式サイト:https://www.yashima-navi.jp/jp/yashimaru/

【事例4】パーティ会場は“商店街” 丸亀壱番街商店街でのユニークなレセプション
MICEを「街の出来事」にするという選択
エクスカーションから3日後、同じ国際会議のレセプションパーティが開催されたのは、高松市中心部の丸亀町壱番街商店街。
会場となったのは、ホテル宴会場ではなく、商店街のど真ん中にあるドーム空間です。

この発想について、高松観光コンベンションビューローの岡崎さんはこう語ります。
岡崎さん「MICEで香川に来てくださった参加者に、日本一長いアーケードのある高松中央商店街に足を運んでいただき、街の活気を感じてほしかったのです。同時に、高松の街の皆様にも、 “MICEが今この街で行われている”ことを身近に感じてもらう良い機会だと考えました」
ドームでのイベントに慣れている商店街関係者の理解と協力もあり、会場設営や飲食手配もスムーズに進行したそうです。ハラルフードを提供した飲食店が、今回をきっかけにハラルフード対応を強化していきたいという意向を示すなど具体的な次の動きもあり、一過性で終わらない関係づくりにもつながっていました。

地産地消をテーマにしたメニュー
会場には、希少糖のサンプルを試せるブース、キッチンカー、ハラルに対応したフード、など多様な参加者に配慮されたメニューが用意されていました。

中でも印象的だったのは、「クセモノズ」によるフード提供。
瀬戸内海で取れる「低利用魚」「未利用魚」と呼ばれる消費者に使われづらい魚を活用し、フードロス削減に取り組んだしたメニューはSDGsに繋がり、食を通じて地域課題に触れる機会にもなっています。

ドリンクメニューも、地元の酒蔵の日本酒や地ビールをメインに用意されていました。
“この街で飲む意味”が伝わるラインナップです。

参加者のリアルな声
参加者は学会日程が終了次第、順次会場へと集まってきました。
フードやドリンクを楽しむ時間がしばらく続いた後、バイオリンのクラシック演奏がはじまり、商店街の空間が、非日常へ。
会場で話をきいたのは、地元の香川大学で自分たちも希少糖の研究に携わる若い研究者たち。
「学会自体も質問が活発で活気がありましたし、レセプションパーティーが普段自分たちが利用している商店街で行われているのも新鮮です。フードもとても美味しいです!」
場所の意外性が体験価値を高めていることが、参加者の声からも伝わってきました。

MICEの成功のカギは“地域を好きになる体験”
香川が示したMICEの可能性とおもてなしの核とは
今回、香川県のエクスカーションとレセプションパーティで体験したように、地域文化や食を活かしたプログラムづくり自体は、工夫次第で多くの地域が実現でき、MICE誘致に切磋琢磨していけばその差は徐々に縮まっていくでしょう。
しかし、実際に参加者に “またこの場所に来たい”“特別な体験だった”と感じてもらえるか、満足してもらえるかどうかは、そこで出会う人々の姿勢や心からのおもてなしの温度感に大きく左右されるということにあります。差が出るのは“人”なのです。
地域の魅力を伝えるには、それを語る人自身が「本当に心からその地域を好きだ」「こんな良いところを来た人にぜひ知って欲しい」という熱意があることで、人の心を動かすことができるのだと感じました。
「何をやるか」だけでなく「誰が、どう関わるか」ー人を大切にすることが、結果として地域を強くする
香川の希少糖に誇りをもっているばいこう堂さんの社員の方の語り、引田での地元のボランティアの献身的なサポート、やしまーるでの細部にまで気を配ったおもてなし、商店街の人の温かさの中でのパーティ、それらが合わさり今回のプログラムは“地域とそこにいる人の魅力が伝わるMICE”になっていました。
人の熱意はその時々のイベント当日で生まれるものではなく、日々の仕事や地域での積み重ねがあってこそ、本番に魅力を発揮できます。MICEに関わる「人」を大切にすることが、地域を強くするー香川の事例は、MICEの成功のカギと、これからの地域づくりのヒントを示していました。