【取材】エルトゥールル号からアンタルヤへ 日本とトルコ136年の絆が育むMICEの新たな可能性【特集-ひとがつなぐ国際MICE/2】
2026年6月30日、グランドニッコー東京 台場にてDETABI TRAVEL(デタビ トラベル) × ターキッシュ エアラインズ(協賛)の「Antalya Destination Seminar」はトルコ・アンタルヤの魅力を日本のMICE市場へ向けて発信する場となりました。しかし、このプロモーションの根底にあるものは、観光地のPRやビジネスの提案だけではありません。そこには、136年にわたり日本とトルコが育んできた、深い絆と相互の信頼関係が息づいています。
寄稿:杉﨑 宏(Hiroshi Sugisaki)CEO, Le Cœur Inc.
フレンチシェフ ・グローバルイノベーター
※特集「ひとがつなぐ国際MICE」と称して、杉﨑宏氏が参加された日本で行われたトルコ、ジプチのイベントを通じて、MICEの国際交流・ビジネスの現場についてお届けします。

136年の歴史に裏打ちされた日本とトルコの親和性
日本とトルコの絆を語る上で、外すことのできない歴史的なエピソードがあります。その原点の一つが、1890年のエルトゥールル号遭難事件です。
明治23年9月16日、和歌山県串本町沖で、オスマン帝国の軍艦「エルトゥールル号」が台風により座礁・大破しました。580名以上が犠牲となる大海難事故でした。その時、自らも台風による不漁で貧しい生活を送っていた大島村、現在の串本町の住民たちが、命がけで海から69名の生存者を救出し、貴重な非常食や衣類を分け与え、手厚く看護しました。
この民間レベルの真心と献身は、トルコの人々の記憶に深く刻まれ、世代を超えて語り継がれてきました。国家間の外交関係が制度として整う以前に、そこには人と人との間に生まれた信頼がありました。
その95年後、日本はトルコから大きな恩返しを受けることになります。1985年3月、イラン・イラク戦争下のテヘランで、イラクのサダム・フセイン大統領が「48時間後にイラン上空の全航空機を無差別攻撃する」と宣言。テヘランに取り残された日本人は、各国が自国民の退避を優先する中で、帰国の手段を失い、絶望的な状況に置かれていました。
その時、タイムリミット寸前に救援機を派遣し、多くの邦人の命を救ったのが、トルコ政府とターキッシュ エアラインズでした。トルコ側は、エルトゥールル号の時の恩を返しただけだと語ったと伝えられています。2015年、日本とトルコの友情125周年、そして1985年のテヘラン救援から30年を記念し、ターキッシュ エアラインズは特別機「KUSHIMOTO号」を製作しました。この機体は、1985年にテヘランで215名の日本人乗客を救ったターキッシュ エアラインズのDC-10と同じデザインを施したエアバスA330-200で、「エルトゥールル号」の乗組員を救助した和歌山県串本町にちなんで命名されたものです。

ターキッシュ エアラインズは友好の懸け橋である
今回のアンタルヤ・プロモーションにおいて、ターキッシュ エアラインズを語る上で欠かせないのが、この日本とトルコの深い友好関係への貢献です。ターキッシュ エアラインズは、単なる移動手段ではありません。1890年に串本の住民が差し伸べた手、1985年にテヘランの空を飛んだ翼。その延長線上に、現在の日本とトルコを結ぶ航空ネットワークがあります。
登壇したプロゴルファーの中嶋千尋氏も、この歴史的な絆に感銘を受けてトルコに関わるきっかけとなったことを明かしました。アンタルヤという新たなデスティネーションを日本市場へ提案する取り組みも、こうした信頼関係の上に成り立っています。
MICEにおいて、目的地を選ぶ理由は、施設の充実度やアクセスの良さだけではありません。そこにどのような人がいて、どのような歓迎を受け、どのような歴史を共有できるのか。旅先で現地の人々から心からの歓迎を受け、互いの歴史に敬意を払い合える環境こそが、プログラムの価値を何倍にも高めます。
災害時に示されてきた相互扶助の精神
エルトゥールル号遭難事件とテヘラン救援機事件という二つの奇跡が生んだ絆は、歴史の一ページの出来事に終わりません。現在に至るまで、草の根の交流、外交、文化、そして災害支援のあらゆる場面で、日本とトルコの親和性として息づいています。
両国はともに地震大国です。大災害が起きるたびに、この歴史的な絆を思い起こさせる迅速な支援が行われてきました。1999年、トルコ西北部で大規模な地震が発生した際、日本は国際緊急援助隊や仮設住宅を派遣しました。現地の被災者やメディアは、1890年のエルトゥールル号の恩返しを、今度は日本がしてくれていると大きく報じました。
2011年の東日本大震災では、トルコから救助隊が宮城県に派遣されました。厳しい寒さの中で捜索にあたり、その姿は多くの日本人の心に残りました。2023年のトルコ・シリア大地震でも、日本から警察、消防、医療チームなどからなる国際緊急援助隊が現地入りし、多くのトルコ国民から感謝の声が寄せられました。
こうした相互扶助の積み重ねは、日本とトルコの関係を、単なる友好国という言葉では収まりきらないものにしています。困難な時に互いを思い出し、行動に移す。その精神は、MICEにおける信頼の基盤にもなります。

サッカーと文化がつないだ現代の友情
両国の絆は、災害支援だけでなく、スポーツや文化の領域にも広がっています。
2002年に日本と韓国で共同開催されたサッカーワールドカップでは、決勝トーナメント1回戦で日本とトルコが対戦しました。結果はトルコの勝利でしたが、試合後のピッチには、勝敗を超えた光景が広がりました。両国の選手たちは互いの健闘を称え合い、日本のサポーターは自国の敗戦にもかかわらず、トルコ代表へ拍手と声援を送り続けました。
この様子はトルコ国内でも大きく報じられ、100年以上の絆を感じさせる出来事として語られました。スポーツは国と国の感情を動かします。勝敗を超えて相手に敬意を払う姿は、両国の間にある親和性を改めて示しました。

文化の面では、2015年に日本とトルコの合作映画『海難1890』が製作されました。エルトゥールル号事件から125年、テヘラン救援機事件から30年という節目に制作されたこの作品は、両国政府や民間企業の協力を得て、国境を越えた真心の重要性を世界に発信する記念碑的な作品となりました。※映画Webサイト https://www.kainan1890.com/
こうしたエピソードは、観光やMICEの背景にある「物語」としても重要です。参加者が訪れる国に対して親しみを持ち、現地の人々の歓迎に意味を感じる時、旅は単なる移動や滞在ではなく、心に残る体験になります。

草の根から国家プロジェクトへ広がる信頼
日本とトルコの関係は、草の根の交流や文化だけに留まりません。現代では、巨大インフラや宇宙開発など、国家規模のプロジェクトにも広がっています。
その象徴の一つが、ボスポラス海峡の海底地下鉄トンネル「マルマライ」です。アジアとヨーロッパを隔てるボスポラス海峡に、100年以上前からのトルコの悲願であった海底地下鉄トンネルを建設する際、日本の建設会社がその難工事に関わりました。強い潮流と地震の危険性を抱える難しい条件の中で、日本の技術力が信頼されたことは、両国関係の深さを示すものです。
トルコの通信衛星「TURKSAT-4A」では三菱電機が製造・打ち上げに関わりました。トルコの技術者が日本に長期滞在し、共同で技術開発を行うなど、友情の絆は未来へ向けてアップデートされ続けています。
MICEは、こうした国と国、企業と企業、人と人の接点を可視化する場です。長年の信頼関係を土台に、新たな商談や交流、共同プロジェクトが生まれる。日本とトルコの歩みは、MICEが単なるイベントではなく、関係性を育てる仕組みであることを示しています。

アンタルヤ・プロモーションが示す未来
こうした強固な信頼関係を背景に、2026年6月30日に開催されたアンタルヤ・プロモーションでは、ターキッシュ エアラインズが、次なるインセンティブ旅行・国際会議のデスティネーションとしてアンタルヤを提示しました。
アンタルヤは、年間300日以上が晴天に恵まれる地中海沿岸のリゾート都市でありながら、ラグジュアリーなオールインクルーシブホテル、ゴルフ、ガストロノミーツーリズム、歴史遺産、自然が融合する都市です。欧州のMICE市場ではすでに存在感を持つ都市であり、日本市場に向けても新たな選択肢として紹介されました。
今回のプロモーションで重要なのは、アンタルヤの施設や観光素材だけではありません。日本とトルコの間には、136年間培われた親和性があります。日本のビジネス渡航者が現地で受けるホスピタリティには、歴史的な信頼関係が反映されています。
現代のMICE、とりわけインセンティブ旅行において重視されるのは、参加者の心に深く残るエモーショナルな体験と心理的安全性です。旅先で歓迎されていると感じること。相手の国の歴史を知り、自国との関係に気づくこと。単なる観光ではなく、意味を持った体験として記憶に残ること。その点で、トルコ・アンタルヤは、日本のMICEプランナーにとって独自の価値を持つデスティネーションになり得ます。
アンタルヤについて
アンタルヤは、トルコ南西部の地中海沿岸に位置する都市で、同名のアンタルヤ県の中心地です。県人口は2025年時点で約278万人。地中海に面した海岸線と背後に連なるトロス山脈をあわせ持ち、ビーチリゾート、ゴルフ、自然体験、歴史観光が一体となった地域として知られます。産業面では観光が大きな柱であり、温暖な気候を生かした野菜や果物の栽培など農業も重要です。アンタルヤ商工会議所も、観光が地域経済に大きく貢献し、農業がそれに続く主要産業であると説明しています。 文化面では、古代都市ペルゲ、保存状態のよいローマ劇場で知られるアスペンドス、港町として栄えたスィデ、旧市街カレイチなど、古代ローマ、ビザンチン、セルジューク、オスマンの歴史が重なります。
歴史的な絆がMICEの価値を深める
これからの日本のMICE戦略において、トルコ・アンタルヤが持つ価値は、目新しさや施設の充実度だけではありません。
エルトゥールル号遭難事件から始まった民間の献身。テヘラン救援機事件で示された恩返し。災害時の相互扶助。サッカーや映画を通じた文化的な共感。巨大インフラや宇宙開発に広がる国家規模の協力。これらの積み重ねが、アンタルヤというデスティネーションの背景にあります。
ターキッシュ エアラインズがつなぐ空の便は、ただ日本とトルコを結ぶルートではありません。1890年に串本の住民が差し伸べた手であり、1985年にテヘランの空を飛んだ翼の延長線上にあります。
2026年、新たなグローバル展開やハイエンドなインセンティブを計画する日本のMICE関係者にとって、歴史的な絆に守られ、最先端のインフラを備えたアンタルヤは、真剣に検討すべきデスティネーションの一つです。

最後に、ご招待いただきましたターキッシュ エアラインズ日本支社長 アフメット・トゥージュ氏、アンタルヤツアーをはじめ日本語対応が充実していDETABI TRAVEL・CEO メルべ様(Merve Özkök様)、ゴルフツーリズムアンバサダーを務めますプロゴルファー中嶋千尋様をはじめ、関係者の皆様の多大なるご厚意に心よりお礼申し上げます。
開催概要
DETABI TRAVEL × ターキッシュ エアラインズ「Antalya Destination Seminar」
日時:2026年6月30日(火)
会場:グランドニッコー東京 台場 29階「銀河」
対象:旅行会社・メディア関係者様(招待制)
寄稿:杉﨑 宏(Hiroshi Sugisaki)CEO, Le Cœur Inc. フレンチシェフ ・グローバルイノベーター
14歳でテレビで観たフランス料理の世界に魅了され、19歳でフランスへ渡る。以降、フランスを軸に活動。その最中2008年不慮の事故に遭い社会復帰絶望と告げられたが、世界中の支援により8年のリハビリを経て2016年社会復帰。2017年東京パラリンピック大会有識者会議へ招聘。その際、インテリジェンスが世界と日本に大きな隔たりがあること知り、グローバルイノベーターとして世界各国と数多く共創を企てる。
昨年の大阪・関西万博初め2019年ラグビーW杯、G20大阪サミット、TICAD7(第7回日本アフリカ開発会議)など海外側のアドバイザーなどを務め世界から高評価を得る。2022年国連世界観光機関ガストロノミーツーリズム世界フォーラム奈良サミットでは、全てのカテゴリーに参加した唯一の日本人として高評価を得る。2023年から日本側にも参画。地方創生から国家間GDP成長へ繋がる両国の外交及び友好関係の発展に数多く寄与。
2017年より「夢実現プロジェクト」と題して、最年少3歳から40代女性まで国内外150人を支援。資金提供ではなく、「場づくり」を提供し、自らのポテンシャルが世界で通用する部分と課題、改善を明確にすることにより、自ら世界の舞台へ歩める素地を提供。ユース世代から数多くの世界で活躍する人財育成に寄与。
モットー : 世界へ羽ばたくサンフレッチェ
・「今ある各々のポテンシャルとアイデンティティは、世界へ羽ばたくことができる」
・「限界突破のヒントは自分にある」
・「自信のメカニズムを知れば世界へ羽ばたくことができる」




