【取材】PANAFでウスビ・サコ氏が語ったアフリカの発信拠点の意義。ジブチ共和国ナショナルデーから考える共創の戦略【特集-ひとがつなぐ国際MICE/4】
大阪・心斎橋のアフリカ専門レストラン「PANAF」で開催されたジブチ共和国独立49周年記念レセプションでは、京都精華大学元学長であり、PANAFを経営するLegacy株式会社代表取締役のウスビ・サコ氏が登壇しました。サコ氏の基調講演は、アフリカを外から語るのではなく、アフリカの人々が自らの視点で発信することの重要性を問いかけるものでした。
寄稿:杉﨑 宏(Hiroshi Sugisaki)CEO, Le Cœur Inc. フレンチシェフ ・グローバルイノベーター
※特集「ひとがつなぐ国際MICE」と称して、杉﨑宏氏が参加された日本で行われたトルコ、ジブチのイベントを通じて、MICEの国際交流・ビジネスの現場についてお届けします。

サコ氏が語った「アフリカ側からの真実の発信拠点」
大阪・心斎橋BIGSTEP 7階のアフリカ専門レストラン「PANAF」にて、ジブチ共和国独立49周年記念式典を祝うレセプションが開催されました。昨年の大阪・関西万博の熱気と思想を継承するこの場所で、多くの人々が「アフリカの角」の重要国、ジブチ共和国の歩みと未来に想いを馳せました。
本イベントでは、京都精華大学元学長であり、昨年の万博で日本国際博覧会協会副会長として世界と日本とのパイプ役を担われた、ウスビ・サコ氏が登壇されました。サコ氏は、このPANAFを経営するLegacy株式会社の代表取締役でもあります。

万博閉幕後、この心斎橋の地に店をオープンした理由について、サコ氏は非常に重みのある言葉を述べられました。
「アフリカは21世紀最後のフロンティアとして世界中から注目されています。しかし、54カ国の中に多くの人種や民族があり、植民地時代からの歴史的経緯から、今なお海外からの影響力が高い。アフリカの人々が、自らの視点に立った真実の情報を発信する拠点はこれまで少なかった。このPANAFを通じて、アフリカの真の姿を知ってほしい」
この言葉に、私自身、深い感銘を受けるとともに、心から賛同の意を表します。
アフリカを一つのイメージで語らないために
アフリカは、54カ国から成る広大な大陸です。そこには多くの人種や民族があり、国ごとに歴史、言語、文化、宗教、産業、社会課題が異なります。しかし、日本で語られるアフリカ像は、ときに一面的です。貧困、紛争、支援、資源、成長市場といった言葉だけで語られることも少なくありません。
サコ氏の言葉が重要なのは、アフリカを外側から説明するのではなく、アフリカの人々が自らの視点に立って語る必要性を示している点です。
PANAFは、単にアフリカ料理を提供するレストランではありません。アフリカの人々が、自分たちの言葉で、自分たちの文化や歴史、現在地を発信する場所です。そこに日本の人々が集い、同じテーブルを囲み、会話を重ねることで、これまで見えていなかったアフリカの姿が立ち上がってきます。
MICEの現場においても、これは大切な視点です。国際会議やレセプションは、人を集めるだけの場ではありません。誰が語り、誰が聞き、どのような対話が生まれるのか。そこにこそ、国際MICEの意味があります。
杉﨑氏が1990年代から見てきたアフリカの変化
思えば、私がジブチ共和国をはじめとするアフリカ諸国とのご縁の原点をたどると、今から34年前、私が一人のフランス料理人、パティシエとして初めてフランスの地に赴いた1990年代初頭へと行き着きます。
当時、アフリカ大陸では大きなエネルギーが渦巻いていました。1991年、南アフリカ共和国が長年行ってきた人種隔離政策「アパルトヘイト」の撤廃を決断しました。その世界的な大改革の原動力となったのは、長く過酷な投獄生活に耐え抜き、解放されたネルソン・マンデラ氏でした。彼は後に黒人初の大統領へと就任し、世界に「不可能を可能にする」大きな変革を与えました。
当時のヨーロッパもまた、1989年のベルリンの壁崩壊、東欧諸国の民主化運動、そして1990年代のEU発足へ向かう激動の中にありました。その変革の最中に身を置きながら、私はアフリカの人々にとって、スポーツ、とりわけサッカーが単なる娯楽ではなく、明日を生きるための希望そのものであることを痛感してきました。
アフリカの希望としてのスポーツ
かつてコートジボワールが内戦で混乱していた時、それを止める大きな力となったのは政治家だけではありませんでした。代表主将のディディエ・ドログバ選手は、2006年のドイツワールドカップ出場を決めた直後、ロッカールームからテレビカメラを通じて「武器を置き、選挙をしよう」と訴えました。その姿は、内戦終結へ向かう象徴的な場面として語られています。
また、1995年にアフリカ人で初めてバロンドールを受賞したジョージ・ウェア氏の存在も鮮烈でした。リベリアから世界の頂点へ登り詰めた彼は、後に自国の大統領となりました。サッカーは、アフリカの人々にとって、世界に自らの存在を示す舞台でもありました。
ジブチ共和国は、まだワールドカップへの出場経験はありません。しかし、小さな国々が世界の舞台へ挑む姿は、ジブチをはじめ、まだ世界の舞台を夢見る多くの国々にとって、大きな希望になるはずです。
華やかな成長の裏側にあるアフリカの現実
しかし、私たちが知るべきアフリカの「リアル」は、華やかなスポーツや急速なデジタル化の側面だけではありません。決済システムなど、一部では日本を凌駕するネットワークが広がる一方で、電力、教育、基礎インフラの整備が道半ばの地域もあります。
沿岸部では、水産資源をめぐる課題もあります。漁業で生計を立てる現地の人々の自立支援が追いつかず、外国船による不法な乱獲が問題となる地域もあります。こうした「暗黙知の壁」は、日本ではほとんど報道されません。
だからこそ、アフリカを知るには、現地の人々の声に触れる必要があります。外側からの情報だけで理解したつもりになるのではなく、その地域で暮らす人々が何に悩み、何を誇りに思い、どのような未来を描いているのかを聞くことが欠かせません。

「支援」ではなく「投資」と「共創」へ
アフリカの人々は今、長年の「支援される体質」からの脱却を目指しています。彼らが求めているのは、施しとしての援助ではありません。対等な投資であり、「共創・共存・共栄」の社会です。
この構造は、実は現在の日本にも鏡のように反射しています。日本へのインバウンドが増え、日本食や地方文化への関心も高まっています。しかし、私たち日本人は、海外の人々に対して、地方の食材、日本酒、地域の歴史や風土をどれだけ正確に語れているでしょうか。
私たちがフランスと聞いて、パリやボルドー、ブルゴーニュ、アルザスの歴史的、地理的な特徴を詳細に語るのが難しいのと同じように、海外から見た日本もまた、記号化されたイメージの中で消費されているのが現実です。
お互いの地域のストーリーを、どれだけ解像度高く語れるか。そこに、これからの国際交流やMICEの大きな課題があります。
若い世代に伝えたい「アイデンティティ」の視点
だからこそ、いま世界へ挑もうとしている大学生をはじめとする若い世代の皆さんに、強く伝えたいことがあります。
人は、自分が思っている以上に、ゼロから創造力を発揮することが困難な生き物です。だからこそ、まずは「自らのアイデンティティ」、つまり足元を深く見つめ直すことが必要です。同時に、「相手のアイデンティティ」、その歴史や痛みの背景を徹底的に理解することも欠かせません。
その上で、お互いがWin-Winになるためのメカニズムを設計し、未来に向けたウェルビーイングな社会の戦略を築いていく必要があります。
真実のコミュニケーションは、記号化されたテキストからではなく、現地の人々とのリアルな交流から生まれます。日本はこの10年間で、世界中の人々が訪れやすい国へと大きく変化しました。しかし、世界にはまだ、日本の本当の姿を知らない人々が無数にいます。同じように、私たちもまた、アフリカの本当の姿をまだ十分には知りません。

PANAFから始まる真実の対話
今回のジブチ共和国ナショナルデーには、国籍や人種を超えた多様な人々が集いました。これこそが、サコ氏が目指し、私たちが目指すべきダイバーシティの姿です。
PANAFは、アフリカを外側から眺める場所ではありません。アフリカの人々が自らの言葉で語り、日本の人々がそれを受け止め、対話する場所です。そこには、国際MICEが本来持つべき「真実の対話の場」としての可能性があります。
2030年、2040年、2050年の社会を担う若い世代にとって、世界を理解することは、遠い国の知識を増やすことではありません。自分の足元を知り、相手の背景を理解し、共に未来をつくる力を持つことです。

ジブチ共和国独立49周年記念式典でのサコ氏の基調講演は、アフリカを知るための入口であると同時に、日本が世界とどう向き合うべきかを考える時間でもありました。PANAFという意見の交差点から、日本とアフリカの未来に向けた対話が始まっています。

解説:ジブチ共和国とは
ジブチ共和国は、アフリカ北東部の「アフリカの角」に位置する国です。世界で最も暑い国の一つとして知られます。人口は約117万人、首都はジブチです。19世紀後半からフランスの支配下に置かれ、1977年6月27日に独立しました。公用語はアラビア語とフランス語です。
紅海の入り口にあたるバブ・エル・マンデブ海峡に近く、港湾サービスや鉄道などの運輸業、中継貿易が経済の中心です。厳しい乾燥地帯が広がる一方、塩湖のアッサル湖、奇岩が立ち並ぶアッベ湖、タジュラ湾周辺の海など、独特の自然景観を持ちます。ユネスコ世界遺産の登録物件はまだありませんが、アッサル湖、アッベ湖、ジブチ市の歴史的都市景観などが暫定リストに入っています。
寄稿:杉﨑 宏(Hiroshi Sugisaki)CEO, Le Cœur Inc. フレンチシェフ ・グローバルイノベーター
14歳でテレビで観たフランス料理の世界に魅了され、19歳でフランスへ渡る。以降、フランスを軸に活動。その最中2008年不慮の事故に遭い社会復帰絶望と告げられたが、世界中の支援により8年のリハビリを経て2016年社会復帰。2017年東京パラリンピック大会有識者会議へ招聘。その際、インテリジェンスが世界と日本に大きな隔たりがあること知り、グローバルイノベーターとして世界各国と数多く共創を企てる。
昨年の大阪・関西万博初め2019年ラグビーW杯、G20大阪サミット、TICAD7(第7回日本アフリカ開発会議)など海外側のアドバイザーなどを務め世界から高評価を得る。2022年国連世界観光機関ガストロノミーツーリズム世界フォーラム奈良サミットでは、全てのカテゴリーに参加した唯一の日本人として高評価を得る。2023年から日本側にも参画。地方創生から国家間GDP成長へ繋がる両国の外交及び友好関係の発展に数多く寄与。
2017年より「夢実現プロジェクト」と題して、最年少3歳から40代女性まで国内外150人を支援。資金提供ではなく、「場づくり」を提供し、自らのポテンシャルが世界で通用する部分と課題、改善を明確にすることにより、自ら世界の舞台へ歩める素地を提供。ユース世代から数多くの世界で活躍する人財育成に寄与。
モットー : 世界へ羽ばたくサンフレッチェ
・「今ある各々のポテンシャルとアイデンティティは、世界へ羽ばたくことができる」
・「限界突破のヒントは自分にある」
・「自信のメカニズムを知れば世界へ羽ばたくことができる」



