【取材】2026年6月27日、ジブチ共和国独立49周年ナショナルデー記念式典 大阪・心斎橋PANAFからアフリカの真実を発信する場へ【特集-ひとがつなぐ国際MICE/3】
2026年6月27日、大阪・心斎橋BIGSTEP 7階のアフリカ専門レストラン「PANAF」で、ジブチ共和国独立49周年記念式典が開催されました。大阪・関西万博を経て、国際交流への関心が高まる大阪で、ジブチ共和国出身者、アフリカ諸国の関係者、日本人、フランス語圏コミュニティの人々が集まりました。本記事では、杉﨑宏氏の寄稿をもとに、PANAFで生まれた交流の場がどのようなものだったか見ていきます。
寄稿:杉﨑 宏(Hiroshi Sugisaki)CEO, Le Cœur Inc. フレンチシェフ ・グローバルイノベーター
※特集「ひとがつなぐ国際MICE」と称して、杉﨑宏氏が参加された日本で行われたトルコ、ジプチのイベントを通じて、MICEの国際交流・ビジネスの現場についてお届けします。

1977年に独立したジプチ。ナショナルデーは6月27日
ジブチ共和国は、1977年6月27日にフランスから独立しました。かつて「仏領ソマリランド」「アファル・イッサ領」と呼ばれたこの地は、周囲を大国に囲まれ、複数の民族が共生する複雑な情勢の中にありました。3度にわたる住民投票を経て、98.8%という圧倒的な支持のもと、アフリカ大陸におけるフランス最後の植民地から独立した主権国家として歩み始めました。
そのジブチ共和国のナショナルデーである6月27日。独立49周年を祝うレセプションが、大阪・心斎橋のPANAFで開かれました。会場には、ジブチ共和国出身者、アフリカ諸国の関係者、日本人、世界各国にルーツを持つ人々など、約80名が集まりました。ジブチ共和国の歩みを祝うとともに、アフリカと日本の未来を語り合う、温かくも力強い時間となりました。
ナショナルデー
独立記念日、建国記念日、革命記念日など、その国にとって特に重要な日を祝う公式な記念日です。大使館や関係団体が式典やレセプションを開き、国の歴史、文化、外交関係を紹介する場にもなります。

PANAFに集まった人々がつくった交流の熱
会場では、独立49周年を記念したケーキが用意され、ジブチに関するトークセッションやクイズ大会、ダンスなども行われました。参加者が一体となって盛り上がる空気の中に、国の記念日を祝うだけでは終わらない交流の力がありました。


ジブチ共和国はフランス語の影響を強く受けてきた国でもあります。そのため、当日はフランス語圏の参加者も多く集まりました。私自身、フランスに長く拠点を構えてきたこともあり、フランス語で多くの方々と話す時間を持つことができました。日本では、フランス語を軸にしたアフリカとの交流の場はまだ多くありません。だからこそ、この日のPANAFには特別な意味がありました。

食を囲み、言葉を交わし、互いの背景を知る。国際交流は、大きな会議場だけで生まれるものではありません。人と人が近い距離で向き合い、相手の国や文化に関心を持つことから始まります。PANAFでのジブチ共和国ナショナルデーは、その原点を感じさせる場でした。

ウスビ・サコ氏の基調講演から感じたアフリカから発信する拠点の必要性
この日の式典では、京都精華大学元学長であり、大阪・関西万博で日本国際博覧会協会副会長を務めたウスビ・サコ氏(Oussouby Sacko)が登壇されました。サコ氏は、PANAFを経営するLegacy株式会社の代表でもあります。
サコ氏は、PANAFを開いた理由について、「アフリカ側からの真実の発信拠点が必要だった」と語られました。この言葉は、非常に重みのあるものでした。
アフリカは21世紀最後のフロンティアとして世界中から注目されています。しかし、54カ国の中には多くの人種や民族があり、植民地時代からの歴史的経緯もあります。今なお海外からの影響力が高い地域も少なくありません。その中で、アフリカの人々が自らの視点に立ち、真実の情報を発信する拠点は、これまで十分に多かったとは言えません。
PANAFは、アフリカを外側から語る場所ではなく、アフリカの人々が自ら語る場所です。アフリカの食、文化、音楽、言葉、そして人の姿を通じて、日本の人々がアフリカの真の姿に触れる場所でもあります。
今回のジブチ共和国独立49周年記念式典は、まさにその役割を体現するものでした。ジブチという国を知ること。アフリカの多様性を知ること。そして、支援する側、される側という関係ではなく、同じ未来をつくる相手として向き合うこと。その入り口が、この日のPANAFにありました。
ジブチ共和国と日本を結ぶ信頼関係
ジブチ共和国は、アラビア半島とアフリカ大陸をつなぐ「アフリカの角」に位置しています。紅海の入り口であるバブ・エル・マンデブ海峡に面し、国際貿易と安全保障の面で重要な位置を占める国です。
日本との関係も深いものがあります。ソマリア沖・アデン湾での海賊対処行動のため、日本の自衛隊はジブチに初の独自の海外活動拠点を設置しました。ジブチ政府の協力のもと、この拠点は地域の安定と国際社会の安全に関わる重要な役割を担っています。
日本からのインフラ支援や技術協力も、ジブチの国づくりに関わってきました。今回のPANAFでのレセプションは、そうした国家間の関係を、文化や食、人のつながりとして大阪の地で実感する機会でもありました。
外交や安全保障という大きな枠組みの中にある関係も、最後は人と人の信頼によって支えられています。会場で交わされた会話や記念撮影、同じテーブルを囲む時間は、その信頼を身近に感じさせるものでした。
万博後の大阪に残り始めた国際交流のヘリテージ
昨年の大阪・関西万博には、多くの国や地域が参加しました。ジブチ共和国もその一つです。万博は、国と国、都市と都市、人と人が出会う大きな舞台でした。しかし、大切なのは、万博が終わった後に何が残るのかということです。
この日のPANAFには、万博をきっかけに国際交流への関心を高めた日本人の方々も集まりました。アフリカ諸国の人々、ジブチ共和国にゆかりのある人々、フランス語圏の人々が大阪の街中に集まり、同じ時間を過ごす。その光景に、私は大阪に万博のヘリテージが築かれ始めていることを実感しました。
日本では「レガシー」という言葉がよく使われますが、国際的には「ヘリテージ」という捉え方も重要です。一過性の成果ではなく、次の世代へ受け継がれていく文化や関係性として、万博後の交流をどう育てていくのか。PANAFで生まれている場は、その問いに対する一つの答えになり得ます。
アフリカは21世紀最後のフロンティアですが、今彼らが求めるのは「支援ではなく投資、そして共創共存共栄」です。FIFA2026ワールドカップでは、人口51万人のカーボベルテが初出場で決勝トーナメントに進出し世界を驚かせました。まだ見ぬジブチなどの国々にとっても、これは大いなる希望です。一方で、デジタルが先行する裏で半数以上の地域で電力を欠き、沿岸部では不法漁船による乱獲という「日本では知られない暗黙知の壁」も存在します。
MICEは、展示会場や国際会議場だけで成立するものではありません。都市の中にあるレストランや文化拠点、地域の人々が集まる場所も、国際交流の重要な舞台になります。PANAFでのジブチ共和国ナショナルデーは、万博後の大阪が持つ可能性を示す場となりました。

支援ではなく共創へ、アフリカとの向き合い方を変える
私がアフリカ諸国とのご縁を深めるきっかけをたどると、1990年代初頭、フランス料理人、パティシエとしてフランスへ渡った時期に行き着きます。当時のヨーロッパは、ベルリンの壁崩壊、東欧諸国の民主化、EU発足へ向かう大きな変革の中にありました。同じ時代、アフリカ大陸でも大きな変化が起きていました。
アフリカを考えるとき、私たちはしばしば「支援」という言葉を使います。しかし、これから必要なのは、支援される側、支援する側という関係を超えることです。アフリカの人々が求めているのは、施しとしての援助ではなく、対等な投資であり、共創・共存・共栄の関係です。
今回のジブチ共和国ナショナルデーでも、その考え方を強く感じました。ジブチの歴史を知ること。アフリカのリアルを知ること。日本の若い世代が、自分自身のアイデンティティを見つめ、同時に相手の歴史や痛み、背景を理解すること。その上で、互いにとって意味のある関係をつくることが求められています。
真実のコミュニケーションは、記号化された情報だけでは生まれません。現地の人々、あるいは日本で暮らすその国や地域の人々と直接出会い、話し、同じ場を共有することで初めて見えてくるものがあります。

PANAFから始まる国際MICEの新しい可能性
ジブチ共和国独立49周年記念式典は、一国のナショナルデーを祝うレセプションであると同時に、国際MICEの原点を感じさせる場でした。そこには、ジブチ共和国出身者がいました。アフリカ諸国の関係者がいました。日本人の参加者がいました。フランス語圏コミュニティの人々がいました。そして、アフリカの真実を大阪から発信しようとするPANAFがありました。
MICEの価値は、参加者数や会場規模だけで決まるものではありません。誰が集まり、何を語り、どのような関係が生まれるのか。そこにこそ、国際交流の本質があります。
大阪・心斎橋のPANAFで開かれたジブチ共和国ナショナルデーは、万博後の大阪に残り始めた国際交流のヘリテージを感じさせるものでした。そして同時に、日本とアフリカがこれからどのように向き合い、共創の関係を築いていくのかを考える、意義深い時間となりました。

最後に、主催されましたPANAF代表取締役ウスビ・サコ氏、在日アフリカ人ネットワーク代表理事David氏他PANAF及びジブチ共和国初め関係者の皆様へ心より御礼申し上げますと共にジブチ共和国初めアフリカの人々の益々のご健勝とご盛栄を心より祈念申し上げます。

解説:ジプチ共和国とは
ジブチ共和国は、アフリカ北東部の「アフリカの角」に位置する国です。世界で最も暑い国の一つとして知られます。人口は約117万人、首都はジブチです。19世紀後半からフランスの支配下に置かれ、1977年6月27日に独立しました。公用語はアラビア語とフランス語です。
紅海の入り口にあたるバブ・エル・マンデブ海峡に近く、港湾サービスや鉄道などの運輸業、中継貿易が経済の中心です。厳しい乾燥地帯が広がる一方、塩湖のアッサル湖、奇岩が立ち並ぶアッベ湖、タジュラ湾周辺の海など、独特の自然景観を持ちます。ユネスコ世界遺産の登録物件はまだありませんが、アッサル湖、アッベ湖、ジブチ市の歴史的都市景観などが暫定リストに入っています。
寄稿:杉﨑 宏(Hiroshi Sugisaki)CEO, Le Cœur Inc. フレンチシェフ ・グローバルイノベーター
14歳でテレビで観たフランス料理の世界に魅了され、19歳でフランスへ渡る。以降、フランスを軸に活動。その最中2008年不慮の事故に遭い社会復帰絶望と告げられたが、世界中の支援により8年のリハビリを経て2016年社会復帰。2017年東京パラリンピック大会有識者会議へ招聘。その際、インテリジェンスが世界と日本に大きな隔たりがあること知り、グローバルイノベーターとして世界各国と数多く共創を企てる。
昨年の大阪・関西万博初め2019年ラグビーW杯、G20大阪サミット、TICAD7(第7回日本アフリカ開発会議)など海外側のアドバイザーなどを務め世界から高評価を得る。2022年国連世界観光機関ガストロノミーツーリズム世界フォーラム奈良サミットでは、全てのカテゴリーに参加した唯一の日本人として高評価を得る。2023年から日本側にも参画。地方創生から国家間GDP成長へ繋がる両国の外交及び友好関係の発展に数多く寄与。
2017年より「夢実現プロジェクト」と題して、最年少3歳から40代女性まで国内外150人を支援。資金提供ではなく、「場づくり」を提供し、自らのポテンシャルが世界で通用する部分と課題、改善を明確にすることにより、自ら世界の舞台へ歩める素地を提供。ユース世代から数多くの世界で活躍する人財育成に寄与。
モットー : 世界へ羽ばたくサンフレッチェ
・「今ある各々のポテンシャルとアイデンティティは、世界へ羽ばたくことができる」
・「限界突破のヒントは自分にある」
・「自信のメカニズムを知れば世界へ羽ばたくことができる」



